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「ネタ系」?
近藤:この間の「芸術の山」で「ネタ系」って言葉があったけど、あそこに集められた4人の作家をみなそのキーワードで括れるかどうかは別にして、どこか似た嗜好性を持った作家たちが表れてきていることに関してはどう思う?
森田:まあ「ネタ系」という言葉が正しいかどうかは別にして、近い傾向を持つアーティストが表れてるって言うのは、時代の雰囲気ってことなんじゃないかな。なんで日本でこんなに増えているのってのは面白いっていえば面白い。
近藤:ロンドンにいた時も自分と共通する意識を持った人が多いと感じた?
森田:比率的にいえば日本ほどは多くない。イギリスでは、まあ日本でもそうだけどメジャーがしっかりあってもっとキッチュだったり政治的な感じかな。ダミアン・ハーストとかチャップマン・ブラザーズとか。イギリスじゃないけどフェリックス・ゴンザレス・トレスにしても、遅れてきたシミュレーショニストみたいなとこあるじゃないですか。
近藤:けっこうそういう政治的な匂いは感じますよね。鉄砲で死んだ人を並べたポスターとか。日本ではそういう社会性とか政治性のある作品は少ないですよね。森田さんはたとえばシミュレーショニストへはつながりとか感じます?
森田:あんまり感じない。(イギリスでは)もっと街に出ていくようなタイプっていうか社会や文化を取り込もうとするような人が多いっていうのかな。例えば場所性をとりこんでいくというか…。結局、この辺(テーブルの前で手を動かしながら)だけでチマチマやっていると駄目っていうか「手慰みですか?」みたいな(笑)。
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「ネタ系」の先にあるもの
近藤:この間の「芸術の山」のディスカッションでも「だじゃれ」と「芸術」っていう比較が出たし、以前にインタビューした田中偉一郎(TS001)くんも「笑い」という一種の飛躍を通じて作品をつくっているけど、たとえば爆笑問題みたいにもろに政治の問題を含んだ毒のある人はアートではあまりいないよね。
森田:そうだね。日本のアート界ではそういう政治意識を前面に押し出した人は少ない気がする。でもそういう政治性とかに限らず、作品の中にある文脈や強い動機付けを感じられないと、みんなじゃないけどすごく「手慰み」っぽく見えて、、、まあそれはそれで楽しいんだけれども、でも「それって他人と共有できるものなの?」っていう人は多いと思う。だじゃれはまあ面白いけど「その先に何があるんだろう?」って考えたときに、なにもない。
近藤:作品を見て「あるある」と思って、それで終わっちゃうっていう。
森田:それが、飽きるっていうことにつながっていると思う。だから「ネタ系」の人たちも、そこにどういう文脈をとり込むかっていうところに、意識し始めてると思う。たとえば、それは政治やカルチャーだけではなく、もっとフォーマルな彫刻や絵画の文脈であったり、場所の建築的な特徴であったり、パブリックアートとかプロジェクト的にその場所にあるストーリーを呼び込もうとかするんだろうし。
近藤:文脈がないと、見て面白いとかはあるけど、「あるある」で終わっちゃって飽きちゃう。
森田:それがないと広がっていけないんじゃないかな。
近藤:森田さんの場合はあえてなにかの文脈を押し出そうとしている?
森田:それがあまり、してない(笑)。今の所そういう事に対してとくにモチベーションがないというか、意識化されていないというか、、、なんか自分のダメさ具合を話してるみたいでいやなんだけど、少しづつ作品と対話しながら考えていくしかないんだろうね。でも作品を語る上でいいキーワードがあったら教えてください(笑)。
近藤:でも、森田くんのエビアンの作品とか、「Pepsi in Cola」なんかは、消費社会という文脈が入ってきますよね。「ほんとは中身同じなんじゃねーの?」っていう感じとか。そういうのがあると、作品の解釈が広がったりはしますよね。
森田:難しいんだよね。いっぱいコンテクストのレイヤーを入れればいいっていうものでもないし。よくフェリックスについて語られているように彼の作品の中にミニマルアートとかゲイの問題とかエイズの問題とかのコンテクストが入っていて、それが作品の質と関係しているという話とかもあるけど、理解できる切り口みたいなものが多ければいいってものじゃないと思うし。その辺は、ぼくもはっきりはしないんだけど。
近藤:レイヤーがまったくないと、さっき話したように一発ウケて終わりっていう風になっちゃうし、多ければいいのかっていう問題もあるしと…。
森田:その辺は、つくりながら考えていくんじゃないのかなと。まあ、あえて考えないようにしているっていうのもあるかもしれないけど(笑)。
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FUTURE SOURCE フュチャー・ソース
ラム&チョップ
とにかくかわいい。僕の「かわいいブーム」の火付け役。
KOEI歴史シミュレーションシリーズ(三國志、信長の野望etc)
子供の頃にはまって、また最近プレステでやり始めたらいきなり二日徹夜してしまいました。やっぱり好きなものってかわらないのかも。
芸術の山
とてもへんてこな人たちが創る雑誌なのでとても楽しみです。ちなみに僕も第0号のための公開討論会に参加しました。編集部員(2005年8月現在)は、石崎尚(美術館学芸員)、後藤武(建築家)、田中功起(アーティスト)、角田晶子(編集者)、中村麗(キュレイター)、林卓行(美術評論家)、藤田六郎(詩人)。
映像
まだ初心者なので、これからいろいろ勉強していかなくては。
マシュー・バーニー
「クレマスター・サイクル」と「拘束のドローイング」を見て、あまりにも巨大な才能に衝撃を受けました。
ラム&チョップ
近藤:これも知らなくて調べたんだけど、アニメなんだよね。
森田:そう、うちにこれの(ぬいぐるみの)でかいのがあるんだよね。3回くらい見かけてから「うわぁーっ!」爆発的にかわいいなと(笑)。モナリザの顔って笑ってるかむっとしてるか微妙に見るたびにかわる感じがあると思うけど、かなりそれと近い(笑)。
近藤:モナリザと来たか(笑)!
森田:単純にかわいいってことだとクリシェだけど、あの微妙な表情はクリシェじゃないんだなぁ(笑)。
近藤:奈良さんの絵も「かわいいけど毒をもっている」っていう微妙な表情しているけど。
森田:「かわいいけど毒をもっている」っていうこと自体はクリシェだよね。でも奈良美智さんの作品もラム&チョップもそういう意味ではクリシェでもあるんだけど、あの微妙な表情がクリシェをクリシェとさせないところがあるね。
近藤:まあクリシェじゃないものなんてないから、その上でそれを越えると(笑)。
KOEI歴史シミュレーションシリーズ
近藤:マイソースにも「ファイブスターストーリー」があったり、こっちにも「クレマスター」が入ってたりするけど、こういう壮大なストーリーというか物語に憧れるところがあるのかな。
森田:そうかもしれない。ま、これは政治なり戦争なりのシミュレーションだよね。いわば人を適材適所に配置していくっていうゲームだから、なんか人生と被っちゃうっていうか(笑)。ある一点が変わるだけで、後々それが大きく変化してくるっていうのが、そうだ人生ってこうだよなーって勝手に思ったりして(笑)。
芸術の山
近藤:もともとはこの「芸術の山」がNaddifでやったトークショーで、僕も森田さんのこと知ったわけだけど。
森田:ぼくも藤田(六郎/編集者)くん経由で知ったんだよ。「芸術の山」は。
近藤:ほんと熱いよね、彼は。あと周りをしっかりと固めてる。林(卓行/美術批評)さんがいたりとか、田中功起(アーティスト/TS006)くんとか、石崎(学芸員)くんとか(「芸術の山」メンバーには、他に後藤武(建築家)、中村麗(キュレイター)、角田晶子(編集者)など)
森田:最初、藤田くんに見せたとき、以前の作品なんだけど「…田中(功起)くんの作品と共通点を感じるね。」みたいな事をいわれた。
近藤:でもたしかに田中くんとは、相当近いラインいってるような気がする。
森田:ひとつ田中くんとの大きな違いを言えば、彼のはビデオで、僕のは立体であるということかな。同じようなものを扱っていたとしても、その差って大きいんじゃないかなと。僕はビデオに対する不信感(記録的なものを作品化するようなものに対してのに)とかってすごくあるんだよね。映像でCGとか使って編集されてると、地球が爆発したり、何が起こっても不思議ではないじゃない。
近藤:それは田中くんも言ってたけどね。だから彼の場合は、実際にその場で撮影した映像をそこで見せたりしている。
森田:そうだね。やっぱ2次的なメディアに見えると弱くなっちゃう。だから時計の作品にしても映像作品ではあるけど、同時にふつうにある時計と同じ、2次的なメディアではない立体作品だと思っている。他の人はどう思うか解らないけど。
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今後、やりたいこと
森田:映像って書いたんだけどね、キュレーションって書けばよかったかなって(笑)。やってみたい。まわりでも面白い作品つくってる人たちがいるんだよね。
近藤:その人たちって、福生にいるの?
森田:福生のあたりにというよりも、たとえば学校の同級生でいいペインターとかいるんだけど、あんまり展覧会もやらないし、すごく野心があって自分でギャラリーなんかにプレゼンをするという訳じゃないし…。でも現実にはどんどん発表しないと、人に知られないわけだよね。そういう面白い人たちの展覧会をやりたいなって。
近藤:さっき、「ネタ系」について話したけど、日本アートシーン全体で見ると、どうしても村上隆さんとか奈良美智さんのようなフォーマルな作品が主流で、「ネタ系」のような、コンセプチュアル系はマイナーではあるよね。
森田:ギャラリーなんかにいってもあんまりみる機会がないんだよね。コマーシャルギャラリーでは特にそうかも。というかあんまり売れないんだろうね。昔のコンセプチュアルアーティストは反マーケット的な姿勢があって、作品の形態もその思想に適したものであったと思うけど(例えば、当時アートとして認識されにくかった写真や言葉を使うとか)、最近の人たちにはそういう意識はあまり感じない。でもそういうスタイルと同時に売れにくさみたいなのも継承してるんだろうね。とはいえ、両田中君(功起/偉一郎)何かはギャラリーと仕事してるから、一概にはいえないんだけど。
近藤:たとえばロンドンで発表するときとの反応の差はどう?
森田:あるよね。ロンドンの方がはっきりしてる。国民性かもしれないけど。ロンドンだとま、こういう作品つくってても発表するところはあるからね。
近藤:ちなみに、まだ実現してないけど、金があったらやりたいとか、いろんな事情でできなかったプロジェクトとかあります?
森田:今はとりあえず、これかな(時計の作品)。
近藤:最後にあえて聞くけど、森田さんはいろいろな種類の作品をつくっているわけだけど、全体に共通して見る人に伝えたいことがあるとすれば?
森田:うーん、なんだろうね。ないわけじゃないんだろうけど。
近藤:田中偉一郎(TS001)くんは「ノーメッセージ」って言ってたけど。
森田:じゃあ僕もノーメッセージでいこうかな。そういうことにしておいてください(笑)。

