たけむら千夏は、キャノンが行っている写真の登竜門「写真新世紀」によって知られるようになった。HIROMIX や長島有里枝をはじめとして、90年代の日本は数多くの「ガ"リーフォトグラファー」を輩出した。その現象の原因は、コンパクトカメラの普及や、スーパーフラットやオタクカルチャーに象徴される表層的文化の成熟、見ることの欲望の強度など、多くの要素がミックスしたものといえる。多くの「ガーリーフォトグラファー」が泡のように生まれ、消えていった。たしかに、そのような「写真の現象」の光景は儚さゆえに美しい。
意味と無意味、刹那、エンプティネスにおいて、現在の日本のカルチャーほど、その極地に到達したものは、この地球上にないだろう。なんと奇妙な極東の国!!
そんな中でたけむら千夏は、HIROMIXや長島有里枝に少し遅れて写真家としてデビューをはたしたが、その存在はユニークであり、いよいよ注目されなくてはならない。
彼女は、精力的にブックをつくってきた。そこには、たけむら千夏における写真のステップがみてとれるし、さまざまな要素がミックスしている。何が? それは「モダンなまなざし」と「ポストモダンなまなざし」のミックスである。彼女の写真は、ある時には友人や両親や自分を撮る。それは、「彼ら」自体の肖像であると同時に、たけむらが何かを感じた記録でもあり、そして、彼らや自分の意識を超えた、写真自体への純粋な欲望のコレクションでもある。彼女の写真は時として、バラバラで何が言いたいのかわからないと評される時もあるが、それこそが「ポストモダンのまなざし」の典型的特徴と言ってよいものなのだ。たけむらが手に入れたものこそが、「写真のプュリティ」なのである。ある意味においてたけむらの写真は、その写っている被写体(京都ローカル)、写真を死にいたらせない笑い(漫才センス)などにまどわせられがちだが、彼女の写真にもっとも近いもの、それを誤解を恐れず思い切って言うなら、ウォルフガング・ティルマンスなのだと思う。ただし、「ナニワのティルマンス」なのだが(笑)。
とにかく、たけむら千夏は、まねっこばかりの日本ガーリーフォトの中で、断突の希望である。誰にも似ていない、バンドもやっている(ピンフレディ)、歌って踊れる、笑いもとれる。どんどん写真の「純」に近づいてゆく、こんな千夏を、世界がほっておくはずがない!!
後藤繁雄""「PHOTON#01 写真のプュリティ」より
1
宝島「VOW」で褒められたい
後藤:写真を使って表現していこうと思ったきっかけはなんですか?
たけむら:中学2年生の時に見た、『宝島』の「VOW」ですね。この活気のある雰囲気に参加したくて、いつも「VOW」を楽しみにしてました。
後藤:「VOW」に惹かれたところというのは、いろいろあると思うんです。看板の一字一字だったり、何か無意味なものを発見してしまった歓びといったものだったり。どういうポイントで惹かれたんでしょう。
たけむら:もうすでにあるものを撮っているのに、ファンタジーを見せられているような発見があるところですね。それを、日本中の人が捜しまわってる。すごくワクワクして、ぜひこのムーブメントにのりたい!と思ったんです。あと、カーツ佐藤みたいな審査員のような人が、一行コメントを書いてくれてたんですよ。「おまえはうまい!」とか(笑)。友だちに見せるだけじゃなくて、『宝島』という誌面に載って、「それを探してきたか!」っていう、みんなの悔しい顔が見たかった。
後藤:その頃は、どんなカメラで撮ってたんですか?
たけむら:真っ赤な、メーカーもよくわからない、中国製みたいなカメラです。自分のお金で買える範囲だったので、すぐ壊れるようなプラスチックのごっついコンパクトカメラ。
後藤:同級生でも「VOW」を見て騒いでる子はいましたか?
たけむら:いなかったに等しいですね。個人的にもりあがってた。私、引っ越しで点々としてるんですけど、四国にいた時は、四国の中で満足してたのに、中学で奈良に来た途端に、その時盛り上がってることが急に気になりだして、カメラを持ち歩いて撮りまくってたんです。
後藤:制服着たまま、撮ってまわってたの?
たけむら:学校が終わって、着がえんままで、たまり場みたいな場所にいつも行ってた。「もうドアーズしか聴かへん」っていう、すごい年上のお姉さんがやってる古着屋さんと舞踏のおっさんの居酒屋。そこに行けば、お姉さんやお兄さんたちから、いろいろ情報をもらえる。「千夏はこれ見ろ」ってビデオ貸してもらったり、『ガロ』を見せてもらったり。「みんな、いろいろ発見してるわ。私も何かしよ」と、カメラを持ち歩いてたんです。
2
70年代ロックとフォーク/ホラー、ストレンジなもの
後藤:中高生の時は、テレビ、小説、マンガ、映画、音楽やったら、どれにはまってましたか?
たけむら:音楽と、雑誌と、マンガかな。あとテレビ。
後藤:音楽は例えば誰ですか?
たけむら:古着屋のお姉さんに聴かされるままに、ドアーズですね。
後藤:僕の小学校の時と一緒や。
たけむら:ドアーズ、ジャニス・ジョップリン、それとあがた森魚と、浅川マキ(笑)。
後藤:70年代や、まったく。
たけむら:ほんとに夢中だったんです。今でも浅川マキは好きだなと思う。あとはマンガにもはまってました。でも、少女マンガは小さい頃、一度も読んだことがなかった。
後藤:いきなり『ガロ』ですか?
たけむら:いや、少年マンガが挟まってます。
後藤:何を読んでたん?
たけむら:小学校の時は、妖怪の『おろち』。次は、楳図かずおが好きになった。あと、林静一。他にもギャグマンガはいっぱい読んでました。『シェイプアップ乱』ちゃんとか。少女マンガは、あしべゆうほという人が書く、『悪魔の花嫁』っていう、エドガー・アラン・ポーの原作をマンガにおこした短篇の怖いのは読みましたね。
後藤:ちょっとホラーというか、ストレンジなものが好きなんですね。
たけむら:高校の時、丸尾末広がすごい好きだったんです。血がびゃっと出たりするもの。花輪和一もそうだし、日野日出志も好きだった。そういうドローっとしたものに惹かれてましたね。
後藤:「怖くて笑えるもの」なんでしょうね。
たけむら:『まことちゃん』と『洗礼』、どっちも描けるというノリが、理想だったんです。
3
MY SOURCE マイ・ソース
引っ越し
転校2回。人と風景に注意深くなって、それを面白がるくせがついた。
VOW(宝島)
世の中に、面白がった風景を写真におさめる楽しい世界があることを教えてくれた。
岡本太郎
「自分の中に毒を持て」。こんなにも言葉がつよい力を持つ世界がある。
長女
なにもかもが初めてでこわいものばかりで、なんにも誰も教えてくれないのでっす。
テレビ
小学校を出るまでの父親絶対チャンネル権により、連想ゲームが最大級のバラエティだったのが、ひょうきん族の衝撃にテレビのとりこ。
引っ越し
たけむら:引っ越すたびにね、その土地の人が、自分の町の変な風習や風景をやりすごしてることに、いちいち気づくんです。その訓練が勝手にできた。
後藤:「VOW」な感じやな。
たけむら:人間にしても、全然知らん人のところに急に飛び込んで、いきなり観察するんですよ。誰かが私をいじめへんやろか、とか。あとから振り返ると、引っ越しが「VOW」につながり、自然と楳図かずおになった。「怖い怖い怖い、めっちゃ転校怖いけど笑える」みたいな感じで、喜怒哀楽の激しい子に育ったんです。
宝島「VOW」
後藤:その時撮った写真は今も持ってるんですか?
たけむら:あります。昔のはずかしい写真。でも、面白いのもありますよ。奈良で撮った写真とか。枯れ木の前に鹿がスッと立ってて、角切りされたすぐ後で角がないんですけど、鹿の後ろに角みたいな木が生えてて、その鹿に角があるように見えるんです。
後藤:今見ても面白いものは面白い。「VOW」に投稿するわけやから、当然何か狙ってるわけですよね。オチはなんやったんでしょう。
たけむら:オチはやっぱり、「やられた感」と「笑い」が欲しかった。
長女
後藤:兄弟っておったっけ?
たけむら:すごいおっとりしてる妹が1人います。
後藤:エキセントリックなお姉さんと、おっとりした妹。そういうセットになってるわけか。
テレビ
たけむら:私、ものすごいチャンネルサーファーなんですよ。少しも待てない。だから、だいたいどの番組も見てるって感じ。
後藤:俺と一緒や。ほとんど流れるように見てる。
たけむら:だから、リモコンの字が、押しすぎてすぐ消えるんですよ(笑)。
後藤:痙攣的やな。俺はお笑いとニュースしか見ないし、瞬間的にゆるかったらすぐかえる。意識的にゆるいものは、つい見てしまったりするけど。
たけむら:わかる! 私ね、ビデオ録画に夢中になった時期もあるんですよ。ものすごい勢いでザッピング。それを大晦日に鍋しながら、みんなに見せてた。
後藤:もう病気やな(笑)。瞬間編集してる。
たけむら:いろいろテレビを見てて、言葉にまとめれへんことは、だいたいナンシー関がビシッと言うてくれてたんで、憧れでした。
後藤:その頃、いわゆる「お笑い」があったでしょ。
たけむら:小学生の時は親が厳しくて見れなかった。
後藤:メインでお笑い世界に参入していったというのは、誰でした?
たけむら:ひょうきん族のタケちゃんマン。小学校5年で転校したんですけど、6年生ぐらいからはお笑いを見てもよくなった。学校で「タケちゃん」て言われて、そんなにいやじゃないという感じ(笑)。ひょうきん族はものすごい好きでした。鶴太郎がおでんの汁かけられて、「あっつあっつ!!」みたいなのとか(笑)。
後藤:そこからはもう、恒常的に「笑いの世界=癒しの世界」として存在してるわけですね。
たけむら:もう、まったく。笑えばラクになる。
4
エキセントリックと闘う
後藤:子どもの頃、「いやだー!」とか言って泣いたことあります?
たけむら:ないです。駄々こねたおぼえがない。一人で泣いてました(笑)。
後藤:それは暗い子やったってことですか?
たけむら:ものすごい暗い期間は長かったです。だって、暗くなりますよ! 心の中で、「転校して怖い、でも笑えるわ」と思っても、笑う相手がいない。一人で笑ってたらやっぱり暗いじゃないですか。
後藤:一人で笑う……いいフレーズやな。
たけむら:淋しいですよ、このインタビュー。
後藤:超イケてるよ。友だちはあまりいなかったの?
たけむら:友だちは浅くいるって感じでした。
後藤:でも、なんで自分をそんなに追い込んでるんでしょう? 例えば、身体的なコンプレックスがあるようにも見えない。
たけむら:あえて言うとしたら、「自分がエキセントリックだ」ということは、早くからわかってて、それと闘ってた。
後藤:エキセントリックなことで苦しんだ例は、何かあるんですか?
たけむら:苦しんだ例……ですか。
後藤:とんでもないことをしでかしたり、とか。
たけむら:いや、ないことはない。たぶんね、忘れようとしてる。
後藤:それはいやな自分なんや。
たけむら:いやですね。それもそんなに遠くないし。
後藤:10年前ぐらいのことか。
たけむら:もうエキセントリックが度をこしちゃって、大学は1年留年しました。
後藤:高校の時に何かあったんですか?
たけむら:高校の時、「ウィルス性脳炎」にかかったんです。
後藤:うっそ!
たけむら:ほんと。
後藤:そんなん言うてええんか?
たけむら:言ってええのかな。ええと思う。
後藤:それは何年生の時かかったん?
たけむら:高校1年の時。それで、高校4年間行ったんです。
5
16歳で人生をリセット""「あいうえお」から始める
後藤:それは、「ウィルス性脳炎」にかかったから、エキセントリックの度を増したのか、それによってエキセントリックになったのか、どっち?
たけむら:以前もエキセントリックだったのに、それがきっかけで、度を増したんです。
後藤:ウィルス性脳炎なんて簡単にかからへんやろ? なんでなったんやろ。
たけむら:原因不明ですね。その時、意識不明で植物人間になったんです。
後藤:急にある日に?
たけむら:私、ぽっかり記憶がないんですけど、母が毎日泣きながら日記をつけてたらしくて、あとで勝手に読んだんです。その時にね、日本でぼんやり少数に流行った病気だったんですって。風邪の一種ですよ。ほんまねー、生きてるから笑える。
後藤:死んだ人たくさんおるんや。
たけむら:10人に1人死んだんですって。
後藤:確率高いなぁ。
たけむら:高いねん。だからみんな、お葬式の準備をしてたんですよ。
後藤:お母さんの日記によれば、それは急にかかっちゃったということでした?
たけむら:急に、じゃないですね。脳炎だから、まず言動がおかしくなってた。何を言うてるかわからんようになって、病院に連れていったら、だんだん弱っていって、即入院です。もうしゃべれないし、起きないし、寝っぱなし。点滴の管を全身に5本刺して、おむつして。たまに起きたら、ちょっとややこしいこと言うらしいから、草間彌生ばりに閉鎖病棟の大きな個室に入れられてた。そこへ親戚が最後の挨拶に続々とやってきてたらしいです。
後藤:生きててよかったなー。インタビューしてよかったわ。
たけむら:ほんまですか?
後藤:花も恥じらう高校生が、そんなことになってる。丸尾とか楳図とか読んでたら、脳炎になってしまって、全身に管をつながれておむつしてベッドに寝てる。エロいというかエグいというか。
たけむら:エグいですよ。自分が丸尾末広になってもうた(笑)。
後藤:その時のことはまったく覚えてないの?
たけむら:覚えてない。でも、治りかけから覚えてるんです。だんだん意識が戻ってきた。
後藤:何ヶ月ぐらい記憶がないわけ?
たけむら:半年は記憶がないですね。16歳の半年、記憶がない。家族はショックすぎて、その時の様子とか、こういう病名やっていうのをまったく言わずに、「良かったね」だけ。もしかして私、すごいことをやらかしてて、みんながそれを隠してるんじゃないかって思ってた。それで、エキセントリックの度が増したんです。
後藤:発病する前も、写真は撮ってたの?
たけむら:撮ってました。でもやっぱり、撮るものがまったく変わったんです。それまで、人はあんまり撮ってなかったんだけど、たまり場にしてたところに戻れて、そこにいる友だちを遊びながら撮るようになった。
後藤:さすがに病室では撮ってないでしょ?
たけむら:病室では絵を描いてた。すっごい変な絵ですよ。
後藤:何が描いてあるの?
たけむら:人の顔ですね、家族とか。あとは病室にテレビがあって、旭道山描いてた。
後藤:当時のお相撲さん(笑)。
たけむら:私、その時、字も忘れたんですよ。
後藤:1回リセットされてるわけや。
たけむら:そうです。ガシャンとリセットされて、「あいうえお」からもう一回はじめた。
後藤:脳炎でリセット。
たけむら:ほんまにそうなんです。
6
困った千夏、京都造形芸術大学情報デザイン学科へゆく
後藤:脳炎のあと、エキセントリックの度が増したというのは、どんなふうに?
たけむら:不良……と言うてもええかも(笑)。
後藤:失踪系? 男と一緒にどこか行って帰ってこないとか。
たけむら:ま、そうです。家にほとんど帰らなくなった。夜遊びして帰ってこなくて、家族をさらに困らせてました。
後藤:困った千夏や。
たけむら:ほんとに困った千夏です(笑)。私はね、中学の頃、漠然と絵描きになる気だったんですよ。勉強も嫌いだし、推薦でなんとか美大に入るしか道はないと思って、奈良の美術コースの高校に行ってたんです。でもそこで、さっそく油絵に挫折した。
後藤:その時はまだ、「写真表現」は選択肢になかった?
たけむら:まだですね。写真は美術とは別のものって勝手に思ってたんです。それで、デザイン科だったら、持って生まれたもんじゃなくても、勝負できるかもという青い考えで、京都造形芸大の情報デザイン科を受けました。
後藤:「私」の表現手法として写真というのがアリやなと思ったのはいつですか?
たけむら:写真新世紀に出した後です。
後藤:遅っ!! ということは、ぼんやりした美大生として適当に課題をこなしてたわけだ。
たけむら:そうです。適当にというよりも、いっぱいいっぱいですよ。
後藤:卒業制作は何にしたんですか?
たけむら:卒業制作は、写真にしました。写真の屏風。やる気まんまんで、プレゼンもすごく褒められてたのに、ちょっと男の人に夢中になってしまって……情けない(笑)。卒業式も実は旅行に行ってて出られなかった。
後藤:男と旅行に行ってた(笑)。でも、その作品を作ったからといっても、写真が私には合ってる、という自覚はまだないんでしょう?
たけむら:全然ない。大学に入ってからは、写真は編集するのが面白いっていうことに気づいたんです。長細いアルバムに見開き9枚ぐらいで、ぴったりの写真を選んでいくのが、面白くってしょうがなかった。1冊できたら友だちに見せる。その友だちが、「キャノンの新世紀出したら?」って言うてくれたんです。
7
キャノン写真新世紀""荒木さんをおかずにゴハン。
後藤:その時の審査員って誰でした?
たけむら:荒木さん、飯沢さん、南條さん。私が一番最初に選ばれた時、柏あや子さんが大賞でした。その時私は、佳作と奨励賞。
後藤:それは、卒業してからですか?
たけむら:卒業して、研究生でした。束芋もその時研究生として残ってた。
後藤:二人は同期やねんな。
たけむら:私が入った年は、優秀な人ばっかりだった。そんな同級生からすっかり落ちこぼれ、ものすごい転がって精神的に落ちてたとこで、荒木さんにやっと褒めてもらったんです。
後藤:なんて褒められたん?
たけむら:一番最初の佳作の時、「必ずよくなる」って書いてあった。
後藤:いいね!
たけむら:「感性に余裕がある」。そのコメントの最後に「この子は必ずよくなる」って。ほんとにぽわーっと浮かれて、ものすごい勢いで道が開けた。その言葉でいろんなことが解決して、それだけで2、3年生きれたんです。「荒木さーん」言うてごはん食べれた。ほんまにそれから一生懸命、人の写真も見るようになったんです。
後藤:荒木さんのその一言によって、そんなおかずになるという状態から、ちょっと欲が出てきたでしょ。
たけむら:ものすごい出ました。最初の佳作は「無欲の勝利」だったんですけどね(笑)。欲が出て、夢中でやってたせいか、「ブレイガールシリーズ」が続けて佳作、奨励賞を受賞したんです。
後藤:毎回テーマを決めなおして、いろいろ攻めてたの?
たけむら:まったく自然体でした。おいしいものをとっておくということができないんです。締切のギリギリまで撮り続けて、おもしろかった写真を何度も何度も編集しなおして、ギリギリでまとめて出すから、テーマも別にないんです。夢中で荒木さんにぶつかったら、荒木さんはちゃんと評価してくれた。1度何にもひっかからなくてガーンとなってたところで、おじいちゃんが亡くなった。でも「おじいちゃん亡くなったなあ」と思いながら、たまったやつを編集したのが、優秀賞になったんです。
8
輪廻転生「ドライブ音頭」
後藤:優秀賞のタイトルは?
たけむら:「ドライブ音頭」。ものすごい集中して、また夢中になりなおした。輪廻転生を編集できたらと思って出したんです。
後藤:「笑いながら、にぎやかに」ということになってる。健気な話ですね。
たけむら:キャノンのレクチャーでも一度言うことができたんですけど、「ドライブ音頭」は輪廻転生なんです。サンスクリット語からきてる「うら盆会」""死んだ人を迎えて、男も女もワーッと踊り続けて弔う。でも実際は、村の男の人と女の人の「出会いの場」になってる。そういう活気のある感じ、笑いのある感じ。天鈿女命(あまのうずめのみこと)みたいに、閉じこもってた神様が思わず出てきてしまうような要素が、写真の編集において、私にはぴったりなんやって思った。その時から、どこで止めても、どこで開いても、表紙になるような編集にしようと思ったんです。
後藤:ドーナツですね。
たけむら:それで荒木さんが、「いい」と言うてくれた。それが1999年です。
後藤:そこからもう写真人生まっしぐらや。
たけむら:長いですよ。個展も全然してない。キャノンで佳作をとった年に、1年の間に2回しましたけどね。第1回が「はなぢエキスプレス」。
後藤:そうすると、2000年以降はやってないんですか?
たけむら:今回のARTZONEが、もう何年ぶりかです。
9
ARTZONE「Ondo.」毎回、空っぽにしていきたい。
後藤:作品がまとまって、個展をするといった時に、全部を出してしまった方がいいというタイプの人と、全部を出すと空っぽになっちゃって不安だって思ってる人がいますよね。
たけむら:私は空っぽに毎回していきたい。
後藤:でも空っぽになってないから、困ってる。
たけむら:そうです。出し切れないフラストレーションです。
後藤:だけど、空っぽにする前に次のことがもう見えてたりしないですか?
たけむら:そうかもしれない。
後藤:自分が作ってるものは形にならない限り、全てゴミと変わらへん。僕なんかも原稿書いてていつも思う。まとまって人が見てくれて、初めて意味があるわけであって、自分がやってる間、ゴミを生産してるのと大して変わりない。それはすごい不安でしょ。
たけむら:不安ですよ。
後藤:雑誌で連載をしてれば、それごとの露出があるから、ゴミになったって、瞬間的な完全燃焼感はある。バッと燃える、ちょっと忘れる、あとでゴミをかき集めればなんとかなって、人が喜んでくれる。そして「私」はもうちがうところにいる。
たけむら:そうなることができれば、燃えかすだって愛おしくなれるんです。個展はね、しようと思えばできたと思うんですけど、する気がまったくおきなかった。それは、愛おしく燃え尽きる想像がまったくできなかったから、しなかったんです。ギャラリーに個展を見に行くのも、あまり好きなほうじゃないんです。最初に個展をした時も、ほんと限られた人しか見ないなと思って。
後藤:編集物が好きなんやな。だいぶわかってきたけど、写真というものの成り立ちが、他の写真家とずいぶん違います。個人的な中での、写真に対する必要度が、ずいぶん違うと思うん。精神的に不可欠なものやねん。そこがおもしろいね。
たけむら:そうですね。ほんとにみんなといきさつが違う。
後藤:写真というより、生きているというパフォーマンスの中に写真がある。編集的な原理としての「音頭」。みんな誰しも人生の暗く淋しくエキセントリックな部分はあるわけで、それをにぎやかすという道具としての写真がある。
たけむら:見るからに「死」のイメージがするような暗い写真を撮っちゃう時もあるんですけど、選ぶ時に、選ばないようにしてます。負のエネルギーはね、表現しやすいと思ってるんです。やっぱり「笑い」は、伝わるし、フィードも早いし、表現しづらい。人を笑わせるってしづらいものだから、おもしろく感じる。
後藤:今一番したいことは何ですか?
たけむら:本をつくりたいですね(笑)。着々と貯金をしてます。
10
生きてるだけで丸もうけ
後藤:千夏さんは、「写真だ」というものと、「写真のコラージュだ」というものと、作品の種類がいろいろある。文章もかけるし、歌ったり、踊ったり、パフォーマンスもできる。全身写真家だと思う。
たけむら:そういう方向に、自然となってきてはいるんです。撮った作品を展示した風景を撮って、それをだんだん入れ子式にしたり。シャッターばかり押してたら、どうしてもギターも弾かなと自然な流れで思う。押したり弾いたりで、だんだんバランスがとれてきてるので、きっと映像にも手を出さないかんのやろうな……そう思ってきました。
後藤:そういうのは今まで「写真家」とは言わなかった。だけど、今言った全体を写真家だと言う。
たけむら:ニュータイプの写真家です。それを「現代美術」と言わせないで、「写真家」と言う。
後藤:そこを、ついに世間にわからせなあかんと思うんです。千夏さんには、精神の複雑骨折みたいなものがある。それは、ある意味では得だ。特殊な精神、肉体があるということは、大きな財産だ。
たけむら:いい環境なんですかね?
後藤:ウィルス性脳炎なんてのは、超ラッキーかも。
たけむら:そうですか? ラッキー?
後藤:生きてるんやから。
たけむら:そうか。生きてるだけで丸もうけですね。
後藤:丸儲け。
たけむら:たしかにラッキーかも。めった、そんな誰でも閉鎖病棟入れるわけじゃないし(笑)。むちゃむちゃラッキー!!
後藤:のうえん音頭ってのを作ってもいいぐらいやで。
たけむら:それはキビしいわー(笑)。
後藤:いや、もう70歳ぐらいになってからな、「明るいのうえん」。「明るい農園」と書くんやで。
噛みあわせ
いまさら歯科矯正はじめました。抜いたり動かしたり縛られたり、大注目です!
99ショップの歌
ヒット曲より耳に残る歌詞ののせ方。結構な頻度でオリジナルの新曲が流れるので次が楽しみです。
夏の暑さと冬の寒さ
暑がりで寒がり。毎年、大注目です!
舞城王太郎の性別
この男っぽすぎる名前。読めば読むほど女性じゃないかな?と気になって大注目です。年も近いし。
黒沢清の映画
楳図かずお恐怖劇場『蟲たちの家』。Vシネマもホラーも『カリスマ』も『アカルイミライ』もスキ。大注目しっぱなしです!
