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名和晃平 (アーティスト) 前半


TSと雑誌『広告』との連動スペシャルインタビュー第3弾は、
「表皮」「セル(細胞・器)」という概念を彫刻の方法論として展開し、
新世代の現代美術家として国内外で注目を浴びる名和晃平さん。

その作品には以前から注目していたものの、インタビューするタイミングを逸していて、同時代の新しい表現者を紹介してきたTSとしては少し遅すぎた感もあるが(笑)、雑誌の特集テーマが「2020年をデザインする」に決まった時に、最初に頭に浮かんだのが名和さんだった。

インターネットで収集した鹿の剥製の表面を無数の透明な球体で覆った作品や、シリコンオイルを発光させてグリッド状に泡を立てさせた作品など、見る者に常に新しい視覚体験を起こす名和さんの発想の源はどこにあるのか? メゾン・エルメスで開催中の個展、「L_B_S」を訪ねて話を聞いた。

近藤ヒデノリ(TS編集長)

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MY SOURCE:これまで発想の源となってきた人、モノ、コト


建築

素材

インターネット

映画

自分以外


 

2

建築と彫刻の歴史


PixCell_Elk#2 mixed media
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

BEADS
インターネットで収集したモチーフの表面を、無数の透明な球体で覆うことで「PixCell(映像の細胞)」というフォーマットに変換された彫刻。

近藤:今日は名和さんの作品づくりの発想の源を聞いていきたいのですが、まずはその一つとして、建築から受けた影響について聞かせていただけますか?

名和:作品を構想する時って、どういう場所に展示するか、どう作品にアクセスさせるかが一番大事なので、どうしても空間や建物が気になります。学生の頃はヘルツォーク&ド・ムーロン(スイスの世界的建築家)がカッコいいと思って見ていましたが、去年、群馬で磯崎新さんとレム・コールハース(オランダの建築家、都市計画家)さんの対談があり、そのあとに浅田彰さんらと合流して皆で食事に行って……話を聞いていると建築の歴史が彫刻の歴史と連動していることを知って面白かったです。

近藤:その辺りは、ちょうど聞いてみたかった部分で。先日、五十嵐太郎さん(建築史家)にお話を聞いたんですが、日本の建築界では90年代頃に、それまでのアイコン化する建築に対して、みかんぐみやアトリエ・ワンのような周囲の状況との関係性を批評的に見る、ユニット派と言われる建築家たちが出てきた。その後、石上純也さんのように、より絶対的な建築という原理そのものを拡張していくような建築家が出てきた。その辺がジャンルは違いますが、名和さんと重なるのではと思っていたんです。

PixCell_Elk#2 mixed media
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

BEADS
インターネットで収集したモチーフの表面を、無数の透明な球体で覆うことで「PixCell(映像の細胞)」というフォーマットに変換された彫刻。

名和:今って、どうしても全てが相対化されてしまう状況だと思うんです。常に歴史上のどの立場の誰の影響なのか、あるいは現在進行形の文脈のなかでもどの辺りのポジションなのか、タグを付けられ、情報化されてしまう。本当は今、発想したものでも、過去の引用やリミックスだということが、自分でもわかっちゃうんですね。だから、今はゼロから何かを造る時代ではなくて、既にあるものを俯瞰しつつ、並び替えたり、加工したりすることで新しい価値や解釈を見つけるという時代だと思うんですね。
そんな中で、常に根源的なレベルで今、彫刻を作るならどうあるべきかを考えています。例えば、ある造形物が見方によっては、昔からあるオーソドックスな彫刻に見えるし、未来にしか理解できないコンセプトが盛り込まれている可能性もある。だから、自分が作る場合も、絶対的なものを作りあげるという意識は、あんまりないですね。

近藤:どんなものでも、見方が変われば、相対的に変わってしまう。

名和:そうですね。僕自身が、世界の見方をそういう風に絶対的なものとして見ようとしてないです。もっと流動的で、書き換え可能で、見方によって価値も全然変わるものだろう……そういう見方をしています。

3

学生の時に一番リサーチしてたのは建築資材


PixCell_Saturation#2 mixed media
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

LIQUID
シリコンオイルを発光させ、グリッド状に泡を立てさせた作品。

名和:建築に使われている素材の歴史が、面白いんですよね。1900年代の中盤にシリコーンゴムが出てきたことで、高層ビルの外壁もガラスだけで構成できるようになったり、建築の歴史では、新しい素材や機能的な材料の登場によって、それまで無理だと思われていた構想が実現されてきました。一方で、一般に彫刻の素材と呼ばれているものは選択肢が少ない。だから、学生の時に一番リサーチしてたのは建築資材だったんです。何かイメージを造形に置き換える際の素材って本当は無限にあると思うし、この素材で作るというルールなんていらないと思います。

近藤:面白いですね。素材が新しくなることによって、彫刻も変えられる。

PixCell_Saturation#2(detail), mixed media
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

名和:そうですね。素材の持つ機能や造形の可能性、物性が、彫刻のコンセプトに影響することもありますね。例えばグルーやシリコーンオイルのような特殊な素材は熱で変形したり、いつまでも固まらないなど、素材の物性がそのまま彫刻のコンセプトになっているのもあります。
例えば、ガラスビーズなんかは、粒で彫刻がつくれないかと調べていて、発砲スチロールの粒とかセラミックの粒などを探してたんですけど、ガラスビーズを手にしたときに、透明でレンズ効果があるということがわかって、発想が出てきた。

近藤:それが、「BEADS」のような作品につながっていったと。では、素材を新しく見つけることで、また別のコンセプトで、別のシリーズができ上がっていくかもしれないですね。

名和:ただし、素材で遊びだすと無限に広がって「素材の実験屋さん」みたいになってしまうので、今は絞ってます。まずは自分の彫刻のマトリックスのなかで、カテゴリーごとに彫刻のコンセプトを追求していこうという時期ですね。ある程度マトリックスができ上がったら、他の素材が入ってきてもいいと思うんですけど、今は「1マテリアル、1テクスチャー」でいこうと思ってます。

4

ヘルツォーク、コールハースの北京


近藤:先の話しに戻りますが、ヘルツォークといえば、北京オリンピックでメインスタジアムとなった「鳥の巣」を造った人ですよね。僕も去年、北京に見にいきましたけど、やはり強列でしたね。

名和:あれは中国の業者とのやり取りの中でだいぶカッコ悪くなっちゃったらしいですが、それでもすごいと思います。ヘルツォークはやっぱり、素材の新しい使い方のトライアルを重ねてやってくるから面白いですね。北京ってどんどん建築が建って、実験的なことをやりやすい雰囲気をもった場所だと思うんです。そういう都市は、アーティストが刺激される場所でもある。

CCTV building
designed by Rem Koolhaas and Ole Scheeren

近藤:レム・コールハースも、北京でテレビ塔を造ってますよね。

名和:そうですね。北京を思い出すと、やっぱりCCTVが一番印象的ですね。あれは人々に「北京」という都市の象徴をイメージとして植え付けるやり方だと思うんですよね。支配的な発想かも知れませんが、すごくカッコよかった。

近藤:共産主義とは真逆側にいるタイプだった人が、逆にズブズブと中国の中枢に入って、一番アイコニックなものを造っちゃったんですよね。

名和:しかも、あのCCTVの前の半分、燃えちゃったじゃないですか。CCTVの職員の花火が原因で燃えちゃった。。。その焼け跡がまるで墓石のように残ってるんです。取り壊しも決まってないようですし、あれはモニュメントとして残してもいいんじゃないかと思いました。

近藤:確かに(笑)。中国の猛烈な経済の勢いと、その残滓の象徴としてね。

名和:そうそう。スクラップ・アンド・ビルドの、21世紀の最も象徴的なモニュメントのように見えました。

5

彫刻のモチーフとしてのインターネット


Villus mixed media
©OMOTE Nobutada Courtesy of the Hermès Foundation

SCUM
インターネットで取り寄せたものの、「PixCell」になり得なかったモチーフに空中で衝突混合させたポリウレタン樹脂を吹き付けた彫刻群。

近藤:では、インターネットについて聞かせてください。名和さんは作品の素材自体、ネットで集めているものも多いですよね。

名和:ちょうど大学院ぐらいの時期にネットが一般家庭に普及して、素材の製造元の情報や物性表などのデータも取りやすくなり、非常に便利になりました。造形素材のリサーチに加えて、彫刻のモチーフもネットのシステムを使って集め出したんです。それも、「BEADS」と「PRISM」の作品は、あくまで概念的にモチーフを収集できないか、という思考実験でもありました。

近藤:概念として扱えるモチーフというのは?

PixCell - Deer #16, 2009, mixed media
撮影:豊永政史 撮影:金子春雄 Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

名和 図鑑や百科事典のようにビジュアルと名前が一致する状態。アイコンとまではいかないけど、情報化された「もの」を中心に選んでいます。

近藤:例えば「エルク」の作品を例にすると、「エルクの剥製」と検索して出てくるビジュアルが、「エルクの剥製」という名前と近いということですか?

名和:特定のものを探すために検索のキーワードを入れるというよりは、あらかじめ設定した幾つかのキーワードを入れて、それに引っ掛かった画像が来るんです。ネットのシステムの性格上、全く関係ないものも沢山含まれるから、こちら側の意図を超えて、設定したキーワードの概念やテーマは無意味になってしまう。その無化されてしまうという状況が、今のネット社会のリアルだし、それをそのまま彫刻へと持ち込もうとしています。

近藤:そのキーワードは、結構、抽象的、概念的なものを入れるんですか。

名和:そうですね、公開はしてないんです。コントロールされてしまう可能性があるので。

6

情報化できるもの、できないもの


PixCell[Iguana] mixed media
撮影:豊永政史

名和:グーグルの取り組みも面白いですね。画像検索とかストリートビューとか、ネットの世界に世界中のものがどんどん取り込まれていくのが不気味な反面、面白い。

近藤:本にしても、全部スキャンしようとしていますよね。

名和 今度はあるものを撮影したら、その画像のデータをグーグル内で照合して、その商品についてのデータが出るようになるらしいですけど、そういうふうに、今目の前にある物が、物よりも情報としての価値へとシフトしていく。だから逆に、情報化されているものと、情報化されてないものが差別化されていくんじゃないかと思います。

近藤:簡単に情報化できそうなものは、すぐに情報化されて流通してしまうから、逆に、情報化できないものが価値をもってきますよね。例えば、聖地のような場所は情報化できないから、流通できないように。

名和:そうですね。だから、マスプロダクトとアーティストが造る造形物というのも、そこが大きく違うと思うんです。プロダクトは完全に情報の固まりだけど、アーティストが作ったものは、なかなか情報化できない。

近藤:宗教の仏教美術なども、情報化できないものの一つですよね。

名和:情報化できないというのが、また魅力になるんでしょうね。今、美大生を見ていると、彼らも直観でそういうことを感じ取ってると思うんです。情報化されやすい作品というのは弱くて、情報化不可能なものを魅力に感じてしまうのかなと思いますね。

近藤:名付けられないとか、情報化できないものの魅力ってありますよね。

名和:だから、学生が有名な作家の作品をトレースしたようなものを作ったときに、「見た瞬間に、それに似た誰かの作品を思い出すような作品はどうしても目の前の作品に集中できないから、損するよ」って言ってるんです。逆に、いろんなものを思い起こさせることが目的で、わざとリンクを張ったような作品だったら、それはそれでカッコいいんですけど。

近藤:シミュレーショニズム的な作品のように。

名和 そうです。それをちゃんと計算してできていれば頭脳ゲームが成立して良いんだけど、やっぱり、そこまでできる学生は、なかなかいないんですね。単に知らなかったり、無意識に影響を受けていたりするから、そこら辺の勘が鋭くないと、新しいものは作れないと思うんですよ。

7

映画からの影響


名和:映画は子供の頃からずっと好きで、学部の頃、写真や映像ばっかり撮ってた時期もあったんです。その後は一気に彫刻に移りましたが、映画はずっと好きで名作もハリウッドものも、とにかくなんでも観ます。

近藤:今は年間、何本ぐらい観るんですか。

名和:100本ぐらい観るかも。映画館にはそこまで行けないですが、月に2、3回ぐらいは行ってますね。

近藤:結構、観てる方ですね。そんな中で観た映画から受けている発想など具体的に何かありますか?

名和:CGによる新しいビジョンとか、編集技術を観るのが面白いですね。人がモニターを観ている時にイメージや情報をどう受け取るのか、あるいはただ何も考えないでモニターを見ている状態への興味が「LIQUID」のような作品につながっています。また、「SCUM」のように、制御を失って膨張していくイメージは、映画『AKIRA』や『風の谷のナウシカ』でも最後はすべてそうなるんですよね。DNAが環境に適した状態ではなくなって制御を失うさまはイメージとして、影響を受けたと思います。

8

スペクタクルだけで中身がない空虚さ


「SCUM」, 森美術館での展示より

近藤:ちなみに「六本木クロッシング」での「SCUM」は、あの形を決めるには「この形が一番制御を失って見える」というのを、自分なりの感覚で考えているわけですか。

名和:いえ、あれは「虚ろなスペクタクル」というテーマだったんです。当時公開されていた『トランスフォーマー』のワンシーンに、ものすごくわかりやすいスペクタクルな構図が、あり得ないぐらい連続してるのがあって……そういうスペクタクルだけで中身がない空虚さを引用したかったんです。

だから、「六本木クロッシング」で出した「SCUM」の形自体はトルソー(人体)なんですよ。一応、頭とか、腕とか、足もあるんですけど、それが認識できないところまで人体をグニュグニャにねじったり、引き伸ばしたり、変形してあります。

近藤:あれは人体だったんですね。たしかに……全然わかりませんでした(笑)。

9

自分以外の要素を入れる


メゾンエルメス ウインドウディスプレイ, 2005
撮影:淺川敏

近藤:ではMY SOURCEの最後として、作品を造っていく中での、いろんな人との出会いを挙げていましたが?

名和:そうですね。製造メーカーの人だったり、工場の職人さんだとか、建築家に作品設計の相談に乗ってもらったり、やっぱり人と出会うことでどんどん自分も刺激されて、意見を交わし合うことで考えが整理されて確信が持てるということが多いんですね。
リサーチする中で自分が反応する瞬間があって、それはその人の意見なんだけど、僕が反応した時点で自分の中にもそういう考え方を持っていたという発見でもあるんです。もともと完全に自分が自分の手だけで世界を作りあげたい、という欲求はあまりなくて、本当に面白いものが目の前に表れたらいいな、というだけなのかも知れません。

近藤:その辺は、特徴的ですね。インターネットでまず素材を集めること自体、ゼロからの造るというのではないですし。

名和:そうですね。自分の中の他人の要素もあると思いますが、自分がゼロから造っているみたいな感覚も、ないですね。

近藤:僕らの本の中でも、「編集」ということは一つの大きなテーマになっていますね。ゼロから作るのではなく、ブリコラージュ的にあり合わせのもので作っていく感覚というか。すでにあるものをリミックスしたり、組みあわせるルールを変えることが、新しいものづくりなんだという感覚が大きいと思いますね。

名和:そうですね。集めてきたものをある感覚へ向けてチューニングして、一つの空間の中でどういうふうに伝わるのか、自分のなかで厳密にチェックしていくんですけど、そのためのリサーチの段階とか構想の段階では、どんどん自分以外の要素が入ってきたほうが、面白いなあと思ってます。

KOHEI NAWA
1975年、大阪生まれ。1998年、京都市立芸術大学美術学部美術科彫刻専攻卒業後、英国王立美術院(Royal College of Art, Sculpture course)交換留学。2003年、京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了、博士号(美術)取得。2005年、ACC日米芸術交流プログラムでニューヨーク滞在。2006年、「アート・スコープ2005-2006」でベルリン滞在。2009年12月、Asia Pacific Triennaleに参加。ノマルエディション(大阪)、SCAI THE BATHHOUSE(東京)ほか国内外で個展・グループ展など多数開催。

インタビュー:近藤ヒデノリ
人物写真:高木俊幸
日時:7.21.2009
場所:エルメス2F
協力:エルメスジャポン

KOHEI NAWA: http://www.kohei-nawa.net/

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