港町であり、日本有数の温泉地として知られる別府。
この街で、国際芸術祭の開催を目標に2005年に「BEPPU PROJECT」を立ち上げたのが、アーティストとして国際的に活動してきた山出淳也さんだ。その後、イベント、シンポジウム、リノベーションなど、街の各所で立ち昇る湯けむりさながら同時多発的な活動を展開してきた彼らだが、この4月からついに彼らと市民、様々な団体との恊働による別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」が開催されている。
僕自身、2000年前後のニューヨークで、山出さんが派遣アーティストとしてP.S.1.現代アートセンター滞在時に知り合ったのだが、当時からプロジェクト単位による「リレーショナルアート(関係性の芸術)」と呼ばれる、モノとしての作品より、そこから広がるコミュニケーションを重視した作品を発表していた(山出さん個人の活動はこちら。そして数年前、横浜で行われたアート系NPOのイベントで再会。以来、TSで話を聞きたいと思っていたが、今回ようやく季刊誌『広告』創刊号での取材にかこつけて別府へ行くことに。
「BEPPU PROJECT」とは? 「混浴温泉世界」とは? アートが街や社会にできることって? そもそも、山出さんは何故このプロジェクトを始めたのか?……久しぶりに会って聞きたいことは沢山あった。『広告』誌上では、ページ数もありBEPPU PROJECTと「混浴温泉世界」の紹介に終止したが、ここではより詳しく、より山出さん個人にフィーチャーして紹介します。
近藤ヒデノリ(TS編集長)
*このインタビュー後、山出さんが平成20年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)を受賞。おめでとうございます!
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アートと人、場所、時間をつなぐ
近藤:まずは、山出さんがBEPPU PROJECTを立ち上げようと思ったきっかけから教えて頂けますか?
山出:(海外で活動している間も)いつか別府で何かをやりたい、とずっと気になってはいたんだけど、たまたま文化庁の派遣でパリにいた時にネットで「別府が面白くなっている」という記事を読んで「帰るなら今しかない」と思ったのがきっかけ。単純に田舎が面白いというわけではなく、きちんと向き合える環境があるかというのが大きい。
僕らがやろうとしているのは、アートの仕組を変えていくことで、ギャラリーとかアートの流通網や欧米中心のマーケットのありかた自体に問題がある中で、何か違う可能性があるはずだと思うわけです。それを実現するには東京であろうが別府であろうが違いはないはず。それで、初めは、ただ「現代アートを別府に紹介したい」と思って、別府でBEPPU PROJECTを立ち上げたけれども、やっていくうちに、「この場所で行う」ということに意識的になった。
元々、別府での知人は1人しかいなくて、集まってくれた人も街の人もアートにまったく馴染みがない。「そんな場所で国際展をやったとして、何が残るのか?」ということを考えたんですね。作品などのモノは残らないわけで、残るのは何らかの経験など、結局「人」に行き着くことに気づいた。そして、アートがアートの文脈だけで成立しているわけではないように、人も個人だけで成立しているわけではないわけで、周りのいろいろなものとゆるやかにつながっている。僕らはモノも作っていくんだけど、「つなぐ」ことが大切だと思うんだよね。アートと人とか、アーティストと場所とか、街の歴史といった時間を含めてつなぐことで、ここから次の時代をつくる人が生まれてくるんだと思う。モノを作るとか形を残すことが重要なのではなくて、何らかの「関係性」を構築していくことが創造的なことだと思う。
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体だけでない、精神の湯治場に
近藤: それでは、BEPPU PROJECTとこれから始まる「混浴温泉世界」について聞かせてください。
山出:BEPPU PROJECTでは、これまでイベント的なものだけではなく、小さな冊子を作るとか、看板作るとか、リノベーションしたり、シンポジウムをしたり、本当にいろんなことをやってきたけど、すべては「混浴温泉世界」というフェスティバル開催に向けた下地作りをやってきたんだと思います。
別府には、元々、湯治として治療の意味で来る人は結構多いんですね。ただ、自分たちは少し違うアートの視点で考えていて、お湯を使って体の治療として街に滞在する人と同じく、精神的な意味でも治癒を促していく滞在のあり方ができないかと考えてきたんですね。その1つがレジデンスプログラムで、2006年、2008年の夏、冬、そして来週からもフランスから2人来る。「混浴温泉世界」でも、普通はレジデンスはフェスティバルの開催前にあったりするんですが、今回は期間中にもレジデンスがあったりする。
いろいろなものが同時に、いろいろなところで起こっていて、それらが集まってまさに「混浴化」し、「混浴温泉世界」という時代の精神のようなものが生まれていく。そこから次につなげていくものも同時に生み出そうとしているところが特徴的だと思います。
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顔が見えるアートフェスティバルにしたい
近藤:別府は温泉地として有名ですが、他にはどんな特徴があるんですか?
山出:別府という街は戦災に遭ってないんです。10万人を超える規模の都市で戦災に遭ってないのは別府や京都など日本で数か所しかない。だから一軒一軒の建物には必ずしも建築的、歴史的な価値はなくても、そこにある路地の構造に今、大きな価値がある。街の中を歩いて楽しめるようなことが、たくさん残っているんですね。
そもそも僕らは一つの拠点を置くスタイルではなく、ゲリラ的にでも、街のいろいろな所へ種を蒔いていくという考え方なんですね。それは今度のフェスティバルでも同じなので、受け入れる側の老人会とか自治会の方々など街に住む人たちが、「自分たちの街で行われている祭り」だということをちゃんと認識して、自分の言葉で語っていける準備が必要なんです。そうした街の人とコミュニケートしようとする態度が、今までのアートに欠けていることだと思っているので、そこは是非、今回実現したい。
別府には元々、街歩きガイドのグループがたくさんあるんですよ。彼らボランティアガイドは街のこと、路地一つ一つのいわれやお店など、すごく勉強熱心。だから、今回のフェスティバルでも彼らを中心にしたガイドツアーも実現させたいし、顔が見えるアート・フェスティバルにしていきたい。
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「みんなに優しい」はだめ
室伏鴻によるパフォーマンス
BEPPU PROJECTでは、これまで宮島達男をはじめ、昭和40年会、レイ・ハラカミ、室伏鴻など多数のアーティストやミュージシャン、パフォーマーを招き、別府でしか成立しない様々な展示やプロジェクトを行ってきている。(photo: BEPPU PROJECT)
山出:いろんな活動をやっていると、必ずしもすべての事業が誰でも見て喜べるものじゃないんですね。アートにはそういう側面もあるし、今度の「混浴温泉世界」にしてもそう。そこで全国的によく見られるのは、「みんなにとって優しい」みたいなことを求められ、やっちゃうことなんですね。それをやってもしようがない。
近藤:一般に、街おこしに限らず、「みんなに優しい」を目指してしまうというのが間違いなんでしょうね。本当は、人によっていろいろな視点があって、この人には受け入れられても、この人には受け入れられないものも共存するからこそ健全だし、そういうこと自体がアートがそもそも持っている力なんですよね。
山出 そうだね。それに、必ずしもこちらが想定しているターゲットでない人が反応したりするんですね。「昭和40年会」を街のストリップ劇場でやった時は、女性のお客さんが一番多かったし、ダンスにしても若い子が喜ぶかなと思ったら、結構年配の方が多かったり。あと、レイハラカミのコンサートを古い公民館でやったんだけど、60を超えた方々がいたりして(笑)。
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必ずしも街づくりのためにアートを使っているわけじゃない
山出:僕らは別府という街で活動をしているけれど、必ずしも街作りのためにアートを使っているわけじゃないんです。むしろ、社会におけるアートという新しい価値観や、価値そのものを紹介していく、そのための鑑賞する場とか機会を作っていくことが最大のミッション。
アート的な視点というのは、街にとっても、人生にとって必要だと思ってもいるし、そういう人種が世の中にいるということは、日常的な生活の中でも、非常に重要だと思うんですね。それは、決められた視点や固定されたものではない、多様な価値観が世の中にあるというのを知ることでもあるわけですから。
それを別府という街に根ざして、この街とか建物とか、このエリアで行われるべきことは何なのかということを一生懸命考えて実現するということが、街のためにもなっていくとも思うし、街のことを本当の意味で深く考えていくことにつながっていくと思うんです。
BEPPPU PROJECTにはルールみたいなものがあって、何かをする時に「普通こうするよね」というのは言わない・しないようにしているんです。メンバーは経験も少ないけど、逆に経験豊かな人間でも今、別府の現状を見ても、日本の文化の仕組にしても、必ずしもできているわけじゃない。だから、本当に必要だと思われることを、どこが問題なのかもしっかり見据えて突き詰めた上で、提案を考えていくようにしています。
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自分たちにとって、住みたい街を作るという発想
山出 文化による地域再生としてよく例に出されるけど、フランスのナント市は20年前は造船業が破綻して失業率が40%を超えていたんですよ。
近藤 それが今や、フランスで最も住みやすい都市になった……。
山出 市長や議員が街の仕組を変えたんですね。緑地化を進めて行ったり、街を回遊するための仕組みとして路面電車を整備したり、アートを支援したり、すべて「自分たちにとって住みたい街をつくるという発想」なんですね。これが日本の行政の方々とは決定的に違うかもしれない。
僕らもよく「東京や神戸でやっているようなことを別府でもしたいから考えてくれ」と言われるんです。でも、そこにはこの街から生まれたストーリーも何もないから、ブームが終われば何も残らない。もっとこの街にとっての必然とか、本当に必要なものを作って、見つけていかないとダメなんだよね。だって、これだけ資源があるんだもの。別府のお湯の湧く量、流出量はアメリカの国立公園に続いて世界2番目。1番目は火山の街なんで、温泉観光地としては世界最大規模。海も山も近いし。それなのに、パチンコやスーパーなどで、どんどん海をふさいでいるのがもったいない。パチンコ屋は海辺になくてもいいじゃない。
近藤:パチンコ屋は別に海辺になくても、地下で十分。
山出:本当にそうだよね。
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リノベーションと「横」の発想
近藤:今、進めているリノベーション事業について聞かせてもらえますか?
山出:今、商店街を中心に空き店舗を活用してリノベーションによるアートスペースをたくさん作っているんですね。元々は誰一人賛同者はいなかったけど、今は別府市や商工会議所の事業として委託を受ける形で行っている。
今までの商店街は、婦人服の店があっても60代以上がターゲットだったりして、店主もお客さんも同じように年老いていく。その中にアートが好きだとか、それまで街に来なかった若い人たちが入ってくるようになると、彼らはすぐにはお金を落とせないけど、例えば空き店舗が安く借りられるとか、面白く活用できれば、身銭を切って何かをしたいと思う人が少なからずいる。その子たちが自分たちで看板を作ったり、建物を変えていったりと街を変えていく。そういうのが連鎖して、吉祥寺や下北のようにサブカル的に面白い街が育ち、増殖していく仕組が生まれれば面白いとは思います。
たとえば、大きな美術館を建てるという縦の発想ではなく、小さなスペースでも実験的な場所を、街の徒歩1分圏内で横にたくさんつなげていくアートセンターみたいなのができると非常に面白いとは思ってます。近藤 水戸でも「カフェin水戸」など、そういう動きが出ていますよね。あそこもシャッター街になっているところもあるけど、若い人が結構住みついてきていて、路地裏に入っていくと、いい感じのカフェができていたり、街が息を吹き返しつつある感じがする。そういうふうに街に若い人なり、クリエイティブな力が入っていくことで、それが連鎖的に結びついて、街全体が息を吹き返しそうなイメージがしますね。
山出 別府は今まだ始まったばかりだけどね。ただ、今後、彼らみたいな若い学生でも街に残る人も出ているので、それは別府にとって重要なことだと思うんですよね。そして、僕らがここで場所でやっていることが、ある種のモデルになってほしい。引き続き、世界の中でいろいろなボーダーの外にいるエリアとか人々はたくさんいるわけで、そういうところに対しても、何らかのメッセージとか届けばいいので。
そうやって考えていくと、この街でやらないといけないことはアートだけじゃなくてたくさんあるけど、やっぱり自分たちのやろうとすることをしっかりやっていく中で、徐々に仕組が変わっていくようなことができるといいと思っています。
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MY SOURCE
山出さんがこれまで影響を受けて来た人・モノ・コト
「沢山ありすぎて分からないけど」
河合雅雄
猿学の権威。今西錦司さんも、ものすごい。
パウル・クレー
目の前の対象物に関しての考え方をすごく学んだ気がする。
フェリックス・ゴンザレス・トレス
やっぱり、ね。
芹沢高志
これほど長い期間、密に、沢山のことを共有していただいて、本当に感謝です!
二宮圭一
二宮圭一
僕をこの道に導いたお方です。
別府のまち
これほど、考えさせられたことはないし、苦労したこともないけど、いつもこのまちには勉強させていただいています。

