世界7大陸の最高峰制覇に挑む1人の若き登山家がいる。
栗城史多。26歳。20歳の時に登山を始め、1年足らずで北米最高峰のマッキンリー登頂を果たす。帰国後、南米のアコンカグア、アフリカのキリマンジャロなど各大陸の最高峰を次々と制覇。08年夏現在、残すはエベレストのみ。達成すれば「単独」としては世界初の快挙になるという今最も注目される若手アルピニストである。
彼の登山が、他の多くの登山家や冒険家たちと最も異なる点は「単独・無酸素」というやり方にある。通常、酸素の薄くなる高所登山では酸素ボンベを持ち、隊列を組んで挑むのだが、彼はあえてそれをしない。そこには彼の「自然とは征服するものではなく、受け入れてもらうもの」という考えが反映されている。
そんな考えの下、彼が取り組んでいるのが登山の過程を自らビデオカメラで撮影したり、無線を通して登頂中に声でブログを更新したりすることだ。登頂の記録だけが一人歩きしがちな登山の世界で、彼の姿勢は自然の過酷さや美しさをリアルな現象として伝え、観る者に「人は自然に生かされているんだ」というシンプルなことに気付かせてくれる。
とはいえ実際に会ってみた彼は、世界の山々を制した経歴から思い浮かぶ屈強なイメージを微塵も感じさせないほど謙虚で、自然体だった。そんな彼の佇まいも山を登る中で身に付けたものなのかもしれない。
インタビューの最後、頂上に着いた時の感想を尋ねると彼はこう答えた。
「地球に対してありがとうって言えちゃうんですよ! 」
そこには頂上まで招き入れてくれた山への、素直な感謝の気持ちが込められていた。
(TS 坂口惣一)
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自分を変えるために山へ
坂口:まず、登山を始めたきっかけは何だったんですか? 当時の彼女の影響があると聞きましたが。
栗城:たまたま当時付き合っていた彼女がアクティブな人で、冬山に登っていたんですよ。僕はその頃、自分の夢もなかったので、ただ彼女の理想の男になろうとしていて。彼女の「理想の男」の条件が「大学卒、公務員、車所有」だったのでそれを目指そうと思っていたんですよ。でも1度東京に出て、北海道に戻ってきたらフラれてしまって……。この先どうしようかなと思った時に、ふと彼女が山に登っていたことを思い出して、どうしてそんな小柄な女性が冬山なんて危険なところにいくのかな、あそこに何があるのかな? って、気になった。そこで大学の山岳部に入部して、登山を始めました。
坂口:それで始めてみたらハマっちゃったんですか?
栗城:いや、最初の頃は全然ですね。それでもなんとなく2年くらい続けていて。本当に獲りつかれるようになったのは、北米最高峰のマッキンリー(*1)に登ってからですね。高校までは夢もなくて、しかも彼女を追いかけて山なんか登っていて……このままではダメだなと思った時に、自分を変えるためにってチャレンジして、そこで登山の本当の楽しさを知りました。
(*1)マッキンリー:アラスカにある北米の最高峰(標高6194m)。極寒でも知られ、かつて最低気温-73.3℃を記録した。緯度が高いため酸素が薄く高山病の危険性も高い。栗城氏は2004年6月に単独登頂に成功。
坂口:でも経験が浅い上に北米最高峰の山ということで山岳部の人たちには止められませんでしたか?
栗城:止められましたねぇ。だから山岳部をやめて単独で行くことにしたんです。
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山が自分を呼び込んでくれる
坂口:マッキンリーに挑戦するきっかけとして所属していた山岳部の1人の先輩の存在があったと聴いています。栗城さんにとってどんな存在だったんですか?
栗城:先輩はすごすぎたんですよ。登山の技術、体力もあって常に前を登っている存在でした。どこに登っていてもそれは「先輩の山」だったんです。だから先輩を超えるためにも1人で「自分の山」を登りたかった。
坂口:そうだったんですね。では、「単独・無酸素」にこだわるのも先輩を超えたいという想いからきているんですか?
栗城:いや、それはないですね。先輩を超えたいというよりは他の人とは違った登山をしたかった。人と比べるわけではないんですけれど、自分の力でどこまでやれるかっていうのを試してみたかったですね。「無酸素」というのもボンベを付けてまで登りたくはないなというのがあって、自分の体でどこまでいけるかというのを試してみたいんです。エベレストだって無酸素では難しいとしても、それはそれでいいんじゃないかなと思うんですよね。たくさん人を引き連れて、ボンベを付けて無理やり登るということはしたくないんです。僕は自然に対しては不可能な部分があっていいと思っているんですよ。
人間って何かを征服したいという根源的な欲求があると思うんですけど、でも地球上では人間が頑張っても出来ないことってたくさんあります。僕はその不可能な部分は残しておいた方がいいと思うんです。なおかつ自分がどこまで行けるかっていう楽しみも残しておきたい。だから登ってやろうというよりは、自分がエベレストっていう地球で1番高いところでどこまでいけるかを試すって感じなんです。
もう1つは、山が自分を呼び込んでくれる力ってあるんですよ。山が自分を招き入れてくれるかどうかってことだと思うんです。
坂口:それはブログで言われていた「山と対話する」ということにも繋がりますね。でもそうは言っても、マッキンリーに登られた時には、当然危険や死の恐怖ってありましたよね?
栗城:ありましたね。ただ、怖いとは思わないようにしてます。人間が「危ないな」とか「怖いな」と思ったら、ホントに危なくなっちゃうんで。ああいう山の世界では。
坂口:そうなんですか! では、登っている時はその状況が客観的に見て危険な状況だとしても、そうは思わないようにしている?
栗城:そうです。無理だなと思ったら降りるし。
坂口:そういった山における正しい判断力はどこで学んだんですか?
栗城:学んでないですよ。山に対して素直にやっているだけです。諦めずに登るけど、その中でどうしても無理だなと思ったら降りる。その繰り返しじゃないですか。
坂口:シンプルなんですね。でもどうやってその境地にまで至ることが出来たんですか?
栗城:う〜ん、やっぱりね、自然に生かされてるなっていう感じになってきたんですよ。
現代って、アキバの事件じゃないですけど、人間が人間じゃなくなってきているような気がするんです。こうして都会でビルに囲まれて生活していると、人間として生きるためにやらないといけないことってたくさんあるじゃないですか。でも自然界に入っていくと人間の営みよりも優先しなきゃいけないことがたくさんあって、実は人間が生かされているんだってことが分かる。都市で生活していたら、ご飯食べるにしても働いたからだとか自分が頑張ったから生きていられるって思ってしまう。でも自然の中に行くと、そうじゃなくて自然が人間を生かしてくれるんだなって気付くことが出来るんです。
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7大陸最高峰単独登頂の達成に向けて
坂口:ところで現地での交流はどうやってるんです?英語は話せますか?
栗城:しゃべれないので、笑ってやり過ごしてるだけですね。英会話教室にも通ってましたけど、1ヶ月でやめました。僕、先端恐怖症なんですけど、英会話の先生がボールペンを目の前でちらつかせて、「それをやめてくれ」って英語で伝えられなかったからやめちゃいました。
坂口:(笑)。では、南極の時に1度目のアタックで登山を中断して帰還されたのは(*2)、山に登る以前の問題、言葉の問題で入山出来ないということだったんですか?
(*2:2006年1月に南極の最高峰ビンソン・マシフに挑戦したものの、滞在時間切れにより途中下山、初の敗退。その後07年12月に再挑戦にてビンソン・マシフの単独登頂を成功させている。)
栗城:そうですね。南極って最低4人いないといけないんです。単独では入れないんですね。最初は1人で行ってしまって、調整に時間を取られ、いざ登頂を開始したものの滞在期間の期限切れを迎えてしまったんです。海外に行くと子供みたいに思われるし、単独で登りたいっていってもなかなか通じないじゃないですか。交渉する時もろくにしゃべれないから「ノープロブレム! マイドリーム、マイドリーム!」って……もう訳分からない(笑)。
坂口:片言の英語でもやっぱり通じなかったんですか?
栗城:まぁやりたいという意志は通じたんじゃないかな(笑)。2回目の時には現地スタッフを3人雇ったんですよ。全部やってくれました。
坂口:話は変わりますが、ブログを拝見していて、エベレストへの入山許可が出た時に「嬉しい」という気持ちよりも「怖い」という気持ちが先に立ったと書かれていましたよね。それってすごい素直な気持ちだなぁと思ったんですよ。
栗城:そりゃあそうですよ。「エベレスト行きます!」って言っちゃって許可がとれたら行かなきゃいけないですから。明らかに大変だっていうことは分かっているし、絶対何かが起きるじゃないですか。それを毎回越えなきゃいけない。準備していたものが通じなかったりもする。きついですよ。出発が近づいてくればもっと緊張もします。
坂口:そんな危険が分かっていながら、どうしてそこで「一歩前に」って思えちゃうんですか?
栗城:やっぱり、「怖いからやめます」って言おうと思えば言えると思うんです。でもそう言ったらそこで自分が止まってしまうんですよ。だから止まるくらいなら素直に山に身を委ねてしまいたい。人からは「山登りなんかやめて生きて帰って来た方がいいじゃないか」って言われるんですけど、でもそれじゃ絶対引きずるんです。
坂口:なるほど。では、登山を始める前のスポーツ歴は?
栗城:スポーツは野球と空手をやってました。でもスポーツ万能じゃないですよ。僕、丸い玉がダメなんです(笑)。あんなの打てないですよ。
坂口:登山には運動神経は必要とされないんですか?
栗城:もちろん少しは必要ですけど、どちらかというと変な体力の方が必要ですね。どれだけ寒さに耐えられるかとか、どれだけ風に打たれてもじっとしていられるかとか。
坂口:やっぱり最後は精神力なんでしょうか。
栗城:いや、でも僕、人間って精神力の強い弱いってあんまりないんじゃないかと思っていて。心持ちなんてみんなそれほど違いはないと思うし、リスク背負う時は僕も不安だし。それをちょっとしたもので変えられるかどうかです。ちょっとしたスイッチをどう入れるかが難しいだけであって。そうは言っても自分でもまだまだ習得は出来ていないですけどね。
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「MY SOURCE」
両親
両親は眼鏡屋をやっています。親父も冒険好きですごく影響を受けてます
山岳部の先輩
かっこよかったんですよね。技術も体力も全て揃っていて。尊敬していますし、常に意識している存在でもあります。
山
山という場所は人間が試されるところのような気がします
>>両親
栗城:親は眼鏡屋さんです。うちの親父も冒険家のような感じで、影響を受けてます。両親は山は登ってないですけど、温泉を掘ったりしてました(笑)。
>>山岳部の先輩
栗城:かっこよかったんですよね。技術も体力も全て揃っていて。そこにいたら確実に甘えてしまうなって分かっていて、あえて離れました。
僕がマッキンリーに行ってからは部をやめてしまって、今でも交流はありません。実はその先輩が最後に登りたい山がマッキンリーだったんです。僕は一緒に行ったら自分が甘えちゃうし殻を破れない、ということに本能的に気付いていたんです。本当は先輩と一緒に登りたかったけど、自分のために1人で進んだ。その結果、今の僕はここまでやって来れたし、先輩は先輩で頑張ってます。今でも尊敬していますし、常に意識している存在でもあります。先輩に「よくやったね」って言われるくらいにはなりたいなと思います。今は……まだまだですけどね。
>>山
坂口:それにしても7000m以上の山を1人で登るって怖いですよね。
栗城:怖いですよ。でも僕がなんとかやってこれたのは、執着しないからだと思います。基本的には流れに任せようと。ぶら〜んと。
坂口:登っている最中に少しでも上に行くことばかりに執着しすぎてしまうと、正しい状況判断が出来にくくなって危険な状態になるものなんですか?
栗城:そうですね。矛盾してると思うんですけど、そこは難しいですね。でも山ってすごく人間が試される気がします。何もしなくても危ないし、その場その場で常に試されている。

