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トクマルシューゴ (ミュージシャン) 前半


TS初のミュージシャンは彼しかいない――その確信とともに今回のインタビューをお届けしたい。アメリカにてデビュー。日本には逆輸入という形で人気に火がつき、1st、2ndアルバムを10数国でリリース。今や世界中のインディーポップファンから絶大な支持を受けるトクマルシューゴである。

TSを始めてから、僕は音楽に人生を揺すぶられてきた身としてミュージシャンにインタビューしたいとずっと思い続けてきた。そんな中、ふと手にしたが彼の1stアルバム『Night Piece』だった。初めて聴いた時のことは今でも忘れられない。1曲目の『Such A Color』。頼り気なさそうな弦楽器が鳴る中、夢か現か分からないような歌世界が広がっていく……。僕はアルバムをリピートで何度も何度も聴くうちに昼寝をしてしまった……。その時、見た夢は極彩色で、夢の中でもBGMとして『Such A Color』がかかっていた。

彼の音楽を言葉で説明しようとするのにはある種の憂鬱さが伴う。説明すればするほど陳腐でありふれた表現になってしまう気がするのだ。何よりそういった分かりやすいジャンルでくくられること自体、トクマル君本人が最もつまらないと思っているのではないだろうか。作詞・作曲・アレンジから楽器演奏、レコーディング、ミキシングまでを自身で手掛けるマルチ・ミュージシャンである彼だが、その音楽性を説明しようとすれば、ポスト・ロック、エレクトロニカ、フォーク、カントリー、ワールドミュージック…etc.を再構築した最先端ポップと言えるだろうか。特筆すべきは、灰皿やゴミ箱といった日常品まで鳴らすことも取り入れた独特の音色の選び方と、“NOデジタル楽器、NOライン録音”というコンセプト。つまり楽器ではないものまで含めた全ての音を実際に鳴らしてマイクで録っているのだ。しかも、彼の音楽はコンセプチャルかつ実験的でありながら、親しみやすい歌やメロディを紡いでいる。柔らかなヴォーカル、どこか不思議な懐かしさや幻想的で絵本のような世界感を感じさせるサウンド。加えてユーモアと毒を盛った歌詞も印象的だ。

オファーをするとトクマル君は取材を快諾してくれた。ようやくインタビューが実現し、彼と会えたことも嬉しかったけれど、それ以上に、リバイバルのリバイバルや、ジャンルの中での差異化を極めていくばかりで新しさを感じられなかった今の音楽シーンの中で彼の音楽を出会えたことは大きな喜びだった。インタビューと撮影は、春の日差しと優しい風が吹く見晴らしのよい中目黒のマンションの一室で終始リラックスして行なわれた。自宅を開放して素晴らしいシチュエーションを作ってくれた友人の写真家、有高唯之君に感謝したい。インタビューにはライターの石井絵里にも同席してもらった。

そして、恐らく「言葉で説明できないから音楽をやっているという身」で答えにくい質問もあっただろうに、丁寧に応じてくれたトクマル君に感謝したい。一貫してのんびりムードのトクマル君だったが、「本当に面白い音楽を作ろうとしている人はいない」とさらっと断言した時は、彼の意気を垣間見た。

やっぱり、トクマルシューゴしかいない、と僕は思うのだ。(TS副編集長 米田知彦)

1

メディア露出について


『Night Piece』(CN-0007/2004)
01.such a color
02.light chair
03.lantern on the water
04.sleet
05.the mop
06.switch
07.typewriter
08.paparazzi
09.funfair
10.a kite of night

米田:普段のインタビューってどんな感じなんですか? 

トクマル:真面目な感じですね。

米田:今日も真面目になる可能性もあると思うんでよろしくお願いします(笑)。でも、がっつりロングインタビューってのは今までないですよね。

トクマル:はい、あまりないですね。

米田:日本よりも海外のメディアによく取り上げられてるのがトクマル君らしいなと。

トクマル:その雑誌を全然知らないことが多いですけどね。海外の雑誌名とか全然分かんないから。『ROLLING STONE』くらいはかろうじて知ってたかな。

米田:他に掲載された有名な雑誌だと『NYLON』がありますね。でも、スウェーデンの雑誌とかはいわゆるインディー誌や音楽専門誌なんですかね。

トクマル:そうだと思います。

米田:海外の媒体からはメールで直接アクセスが来る?

トクマル:ですね。レーベルやプロモーターから取材依頼が回って来ることもあります。

石井:海外のジャーナリストの反応ってどうです?

トクマル:日本人と同じような反応ですよ。的を得ていることを言ってくれるというか。

米田:純粋に音楽性で評価してるってことなんでしょうね。トクマル君のCDは世界中で発売されてるけど、最初はアメリカからですよね?

トクマル:1stの『Night Piece』はUSのみだったんですけど、各国のインターネットサイトで売られるようになって、そこから小売店に広がっていったという感じですね。何カ国かは分からない。インディーの小売店にたくさんばら撒かれて、お店がピックアップしてくれたり。
最初の頃は、ブラジルとかからファンレターが来たりしてびっくりしたりしましたね。「地球の裏から!?」みたいな。ギリシャからファンレターが来ても、『聖闘士星矢』みたいな格好してる人が送ってくれてる想像くらいしかできなくて。

米田:(笑)。各国にトクマル君みたいな音楽が好きなインディーポップファンが少しずついて、それが世界だと何万人になるって感じなんでしょうね。ファンに共通項ってありますか?

トクマル:うーん、どこかしらあるんじゃないですかねー。

2

GELLERS、小中高時代


GELLERS 『GELLERS』 (CN-0012)
1. 9 teeth picabia
2. Buscape
3. Colorado
4. M
5. Locomotion
6. Pink Hawaiian Moon
7. Sugar
8. Niwatori

all songs by Gellers
recorded & mixed by Hinata Okubo
mastered by Kotani Tetsuya(omega sound)
additional players : vapour trail(violin), yumiko(trombone,chorus), neji
(P)2007 compare notes records / map / gellers
(C)2007 gellers


米田:ところで、マイソースって考えてくれました?

トクマル:あれねえ……僕、そういうの全然ないんですよ。

米田:やっぱり!ないとインタビューが成立しない(笑)。

トクマル:でも、GELLERS(ゲラーズ)※かなあ。GELLERSは自分の中ではありますけどね。

※GELLERS…アルバム『GELLERS』を2007年発表。2008年3月のライブを最後に活動休止中。

米田:じゃ、GELLERSで1つ挙げましょう。GELLERSは幼馴染とずっと前からやっていたバンドだそうですね。

トクマル:そうそう。幼稚園とか小学校から友達の連中とやっていて。

米田:結成はいつぐらい?

トクマル:94年とか。最初、僕はメンバーじゃなかったんです。初めは文化祭のライブの照明係だったから。

米田:あははは(笑)。じゃあ、当時、楽器はやってなかった?

トクマル:僕は全然その頃は楽器は担当してなくて、バンドは17歳くらいでやり始めた感じです。

米田:GELLERSではアルバムが1枚出ているけど、その中で担当しているのは?

トクマル:2、 3曲ボーカルやってます。後はギターだったり。

米田:GELLERSを始めたきっかけは?

トクマル:特に何もないですよ。単純にみんな暇だったから……

米田:でも、ちゃんとCDまで出してるし、フジロックも出てるし(笑)。

トクマル:いやー、みんなと遊ぶための口実というか、ホントに暇潰しでやってたから。

米田:他のメンバー4人は中学時代から楽器ができたの?

トクマル:一応やってましたね。

米田:トクマル君はソロでもギターの音色の印象が強いけど、最初に始めた楽器もギターだったんですか?

トクマル:その前にピアノをやってたんですよ。

石井:じゃあ、小さい頃から結構厳しく教えられてた?

トクマル:いや、ゆるかったですね。自分でやり始めたんだけど、嫌になっちゃって途中で辞めちゃいました。

米田:その頃はどんな音楽環境だったのかな。

トクマル:クラシックばっかりやってましたね。家にあるテープとかCDを聴いたりして。

米田:ギターを始めた頃はピストルズやクラッシュといったパンクを演ってたらしいけど。

トクマル:そうですね。

米田:当時は単にコピーするって感じで?

トクマル:うんうん。

米田:ギターをやりだして、それから作曲し始めたのは?

トクマル:ギターやってる人は(曲も)作るもんだろうって始めて。それから、テープデッキを2、3台使って重ね録りしたり。

米田:あれって音楽やりだした頃にみんなやるよね(笑)。じゃあ、次にマルチトラックを買ってコードとかリフとかギターを重ねて最終的にはベース、ドラムまで入れて録音していった?

トクマル:とりあえず聴いている色んなCDのマネして、(楽器は)全部入れて作ってました。

3

アメリカへ行ってはみたものの…


photo by Ayumi Yamazaki


米田:高校卒業後にアメリカに行くわけだけど……

トクマル:当時は凄くひん曲がってたというか、きっと人と同じ行動をとるのが嫌だったんですね。だからってアフリカとかに行く勇気もなかったんですけど。まず音楽がやりたかったんです。で、アメリカはルーツミュージックも観れるし聴けるし、音楽やるには面白いだろうなって行ったんですけど…。

米田:現地のライブハウスとかは?

トクマル:結構行きましたよ。そこで見たのは全部凄かったですね。

米田:アメリカの音楽ってそれこそ、メタルとかジャズ、ヒップホップとか何でもありで混沌して巧い人もメチャクチャいるけど、趣味がいいんだか、悪いんだかっていう。

トクマル:突き詰めちゃってるんで凄いのが出来るのもあるんですけどね。

米田:日本の洗練された音楽を聴いてる身とすると、あまりに大味ですよね。
トクマル:いろいろありますよね。ただ(国が)広すぎる。

米田:どのくらいいたの?

トクマル:2年半ぐらいです。

米田:アメリカでもバンドは組んでた?

トクマル:ジャズバンドとか組んでました。

米田:でも、そんな感じでアメリカにいたら時間が余って途方に暮れたりしなかった?

トクマル:ホント時間だけはあって(笑)。その間は「さて、どうしようかな」って思ったりして。

米田:アメリカ国内を移動したりは?

トクマル:一応アメリカ全土は旅行しようと思って。やっぱりグランドキャニオンとかは凄いかった。びっくりしましたよ。それからラスベガスは面白かったですね。あそこは天国です。信じられないっていうか。スロット押して出てくるのは本物のお金なんですよ(笑)。機械からそのままお金が出てくるんで、嬉しくてしょうがない。別にギャンブルが好きなわけじゃないですけど。

米田:その頃の好きなミュージシャンとか聴いてたCDは? 時期としてはグランジの後ぐらいですよね。

トクマル:いろいろ聴いてたんで、特にこれって言うのはないんですけどね。ただ音楽が作りたかったんですよね。

米田:アメリカでも宅録はやってた?

トクマル:してましたね。

米田:じゃあ作った音源を持って、アメリカのレーベルやレコード会社に持ち込みとかはやってなかったの?

トクマル:全然やってなかったですね。というか、今でもソロでやってること自体がホント不思議でしょうがないんです。別に狙いや理由があって1人で活動しようと決めたわけじゃないし。

米田:アメリカに行ってる頃、GELLERSのメンバーは?

トクマル:勝手にやってましたね。メンバーもドイツやオランダに行ってたり、結構バラバラでしたから。

米田:ローファイと言われた連中、例えば、ペイブメント※なんかはどう?

※ペイブメント…90年代に活動したアメリカのオルタナティヴ・ロックバンド。ヘタウマでポップなメロディー、スカスカなサウンドでインディーレーベルながら人気を獲得。

トクマル:大好きでしたねえ。

米田:他だと?

トクマル:いるかなあ。いるんだろうな。思い出せない。

米田:ダイナソーJr.とか?

トクマル:あ、好きでしたね。USインディー系は全般好きでした。

4

日本に戻ってアメリカからデビュー


米田:それで、日本に帰ってきてから、アメリカのインディーレーベル「Music Related」※から1st『Night Piece』でデビューするんですよね。どんな経緯だったの?

Music Relatedエレクトロニカ/ポップのアーティストを多く抱えるアメリカの音楽レーベル。

トクマル:たまたまライブハウスで会ったアメリカの方と話してたら、音楽の趣味が面白くて仲良くなったんです。僕は彼にデモを渡したんだけど、「NYでレーベル始めた友達がいるから」って渡してくれたらしくて。それでトントン拍子にCD出してくれるみたいな話になったんです。レーベルからは「デモをそのままリリースしたい」って言われたんですけど、僕は「それは嫌だな」と思って、1stの『Night Piece』をレコーディングしたんです。

米田:その当時からいろんな楽器を演奏していて、現在の形が既に出来上がってますよね。

トクマル:楽器は昔から集めていましたね。

米田:でも、日本に帰ってから向こうでデビューするってのも変わってますよね(笑)。

トクマル:アメリカでリリースした後に、自分が好きなミュージシャンや雑誌なんかに送ってみたんですよ。そしたら、『map』っていうインディー雑誌を出してる人たちが気に入ってくれて。会いに行ったら、「聴いたよ~。うちで出す?」みたいな。「じゃあお願いします」って感じで、日本盤を出してもらったんですね。彼らは「コンペアノーツ」っていうレーベルをやってて、SAKEROCK ※とかをリリースし始めた頃でした。

※SAKEROCK …2000年結成の4人組インスト・バンド。

米田:それで1stアルバムはすぐに反響が出て?

トクマル:いやいや。

米田:でも1stは『JAPAN TIMES』で「BEST OF 2005」とかに選ばれていて凄いよね。

トクマル:『JAPAN TIMES』の記者さんが気に入ってくれたみたいなんです。

5

ライブとザ・マジックバンド


photo by Ayumi Yamazaki


米田:この頃はもう日本でライブをやってたんですか?

トクマル:いや、まだやってなかったですね。CDを出した後くらいに、初めてライブをやったんですよ。『map』の人たちに「ライブやれ」って言われて「はい」って 。

米田:1人で? 弾き語り?

トクマル:弾き語りっていうか、いっぱい楽器を持っていって、とりあえず鳴らしたりして。

米田:機材と同期もさせずに?

トクマル:全然。

石井:ライブに抵抗はありましたか?

トクマル:やりたくなかったですね(断言)。

米田:(笑)。そりゃそうだよね。それが嫌だから宅録してるようなもんだもんね。自宅でレコーディングずっとしているのと人前でやるのじゃ根本的に違う。

トクマル:そうですね。でも、(ライブをやって)嬉しい事もあって。あと、ライブをやった時に観に来てくれた人にイベントに出ないかって誘われて。そこからまた次誘われて、だんだん収集がつかなくなって今に至ってるんですけど。だから、オファーがなくなれば僕はライブをやらなくなるかも。

米田:ははは(笑)。さらに、トクマルシューゴ&ザ・マジックバンド※名義でも出演するようになりますね。メンバーはどんな人たち?

※トクマルシューゴ&ザ・マジックバンド…ドラム、パーカッション、ウッドベース、トイピアノやリコーダー、アコーディオンなどを加えたライブバンド。

トクマル:友達のミュージシャンたちですね。

米田:アルバムを聴いた時に、失礼ながらライブは苦手なんじゃないかなって勝手にイメージしてたんだけど、実際にライブを観ると完成度が凄くて。ライブ用にアレンジするんじゃなくてアルバムの世界観をちゃんとライブで再現しているところが驚きでした。トクマル君のギターも見事だったし。

トクマル:でも、なかなか納得いく点まで行かないんですよ。レコーディングだと納得いくまでできるんだけど。

石井:ライブが苦手っていうのはそういう面でも苦手なんですね。

トクマル:完璧主義というか、ちょっとでもダメでも嫌になるというか。

石井:ちなみに完璧主義は音楽だけ?

トクマル:音楽……だけですかね。

石井:部屋の本棚の本の向きとかも気にするような?

トクマル:いやあ、全然。部屋とか散らかしっぱなしですよ。でも、本の向きはちょっと気にしますかね(笑)。

米田:今はマジックバンドとソロとライブは2つ形態があるわけだけど、今後はそれこそオーケストレーションとか入れたりとか考えないの?

トクマル:基本的にチープな感じが好きなのでクラシックの管弦楽器は控えめにしてます。

米田:そういえば、1stと2ndアルバムはベースとドラムも入ってないですね。

トクマル:最初から入れないつもりでした。でも、今はちょっとずつ垣根をとっぱらっていてドラムやベースも入れてもいいし、何してもいい状態にしてて、最終的にはまっさらにしようっていう感じですね。

米田:昔は相当こだわりが強かったみたいだけど、ずいぶん変わったんですね。

トクマル:それこそ中学の時はパンクしかないって決めたりして。でも、段々と色んな世界を見ていくうちに、自分には向いてないこともあるようで…。「あぁ、これも自分にはできないんだな」って色々あきらめた結果、こうなった感じです(笑)。

6

ひらめきは降りてこない。ジワジワと


『L.S.T.』(CN-0006 / 2005)
01. Mist
02. Mushina
03. Mizukagami
04. Karte
05. Kiiro
06. Vista
07. Metrion
08. Yukinohaka
09. Amayadori
10. 5A.M.
【CompareNotes(JP)/ActiveSuspension(EU)/Lil'Chief(NZL)】
◆歌詞 / 英訳詞


米田:基本、レコーディングはパソコンで録音しているそうですね。

トクマル:はい。

米田:でも使っている楽器は全部アナログなんですね。

トクマル:アナログ楽器以外は使わないって決めてました。別に嫌いなわけじゃないんですけどね。

米田:デジタルに対する反発とかじゃなくて?

トクマル:全然反発でもなく。そういうのも大好きなんだけど、自分にはなんだか出来ないなって思って。

米田:楽器を使っているうちに旋律が浮かんできて、組み合わせて作曲する感じ?

トクマル:そんな感じで作るのもありぃの、想像で作ったり…色々ですね。でも、実際にどうやって作っているのかって言われたら、分かんないですよ。なんとなく自然にこんな感じかな?っていう。

米田:でも、ちょっとフックがあったりイメージがあったりして作ってみようってのはあるよね。

トクマル:まず色々想像するようにして。こういうのを作りたいんだっていうのを決めてそこに向かってやってます。

米田:コンセプトのキーみたいなものは自分の中にあって、この曲はこういう感じ、今回のアルバムはこういう感じって決めるけど、後はなるべく制限かけないでイマジネーションが働くままに作るっていう。

トクマル:そんな感じですね。

米田:ところで、ひらめきってどういう時に来るの?

トクマル:いやあ、ひらめかないですね(断言)。

一同:(爆笑)!

トクマル:だんだん、ジワジワとイメージが形になっていくって感じですね。

石井:じゃあ、時間がかかります?

トクマル:場合によりけりですけど。

米田:突然光が差して、何かが降りてくるみたいなことはないの?

トクマル:ないですねえ。自分の中でジワジワと大きな門をグワーっと開けてく感じです。

7

日本語詞と夢日記


米田:それから、不思議なのが日本語で歌っているのに海外の人が反応してくれているということも。音楽に国境はないみたいなこと言っても、歌があれば言語の壁は何らかしらあると思うけど。

トクマル:そこは僕も、海外のリスナーに訊いてみたいところではありますね。

米田:歌詞は夢日記からひっぱってきたりもしてるみたいだけど、毎日書いてるの?

トクマル:毎日じゃないけど、思い出せる限り書く感じですかね。まともなものだけを書いて、あまりにふざけた夢は日記に書いてない。

米田:ドリーミーな曲なのに“シニガミ”とか“ジゴク”とか“オバケ”とか、怖い言葉が出てきて面白い。夢ってよく見ます?

トクマル:見ますね。今日も3本立てで。今日はテレビの『リチャードホール』に出ましたね。

一同:(爆笑)。

トクマル:「おぎやはぎ」の「おぎ」役でしたね。

一同:ははは!!

トクマル:まあ、そんなどうしようもない夢は書かないですけどね(笑)。

米田:別に歌詞で何かを伝えるっていうタイプのミュージシャンじゃないだろうけど、自分の音楽に合う言葉をいつも探しているんじゃないかなって。単語1つの選び方で音楽も変わるから。

トクマル:ホントに音楽に合う言葉をね。

8

吉祥寺「ワルシャワ」…マイソース


GELLERS

幼馴染とやっているバンド。現在活動休止中。

吉祥寺「ワルシャワ」

中学時代によく行ったレコード屋。


 

米田:マイソース、GELLERS以外にないですかね。もう1つくらいないですか。マンガとかは?

トクマル:読んでたけど、そんなに多くはないかも。

米田:ピアノの先生とか?

トクマル:いやいや。

米田:ロックやジャズ、民族音楽だったり、クラシックだったり、聴いてきた音楽全部っ
てことですかね。

トクマル:そうですね。

米田:ちなみに当時行ってたレコード屋とかはどこらへんですか?

トクマル:吉祥寺の『ワルシャワ』は行ってましたね。

米田:じゃあ、『ワルシャワ』もマイソースに入れましょう。

トクマル:あ、それいいですね(笑)。

石井:吉祥寺にはよく通ってました?

トクマル:好きでしたね。

米田:僕は御茶ノ水の『ジャニス』っていうマニアックなレンタルCD屋によく行ってたけどね。

トクマル:僕はちょっと電車が恐怖で行ってなかったですけど…

米田:都心が怖かった?(笑)

トクマル:はい、まだ中学生だったから、怖かったですね(笑)。

1980年、東京生まれ。ミュージシャン。100種類以上の楽器/非楽器を操り、レコーディングからミックスまで全てをひとりで行なう。デビュー作『Night Piece』(2004)、2ndアルバム 『L.S.T.』(2005)の海外リリースによって、世界中の音楽ファンから絶賛を浴びる。ライヴ形式はソロ、トリオ、カルテットと様々だが、8人編成の「トクマルシューゴ&ザ・マジックバンド」には、SAKEROCKの田中馨、Harpy/d.v.d.のイトケン、LOVES.の岩谷啓士郎らが参加。2007年10月には3rdアルバム『EXIT』をリリース。フジロックフェスティバル08'にも出演。

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インタビュー:米田知彦(TS副編集長)
協力:石井絵里
写真:有高唯之(人物)、山崎あゆみ(ライブ)
場所:東京・中目黒
日時:2008.4.28

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