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李明喜 (スペース(空間)デザイナー/デザイナー) 後半


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国立国会図書館、『動きが生命をつくる』etc.――フューチャーソース


国立国会図書館

コミュニケーションの可能性を全方位に広げようという長尾館長を微力ながら応援したい。

『動きが生命を作る』 池上高志著

池上さんとやりたいのは「いままさに発展する」時間構造を建築・空間に取り込むこと。

「延長された表現型」

利己的な遺伝子』で知られているリチャード・ドーキンスの書いた本のタイトル。

スーパー地球人

自分の可能性を格段に広げられるのなら、サイボーグになることも厭わない。


●国立国会図書館

米田:では次に、フューチャーソースについて伺います。国立国会図書館を選んだ理由は?

李:国立国会図書館は、その膨大な蔵書量と圧倒的なスケールで国内では突出したリソースなんです。でも、それだけのリソースを有効に利用できているかというとそうでもなく非常にもったいないなあと。その大きさ故に内部からは動かすことが大変であるのならば、外から小さいことでも何かできないかなと思っていたんです。他の図書館とは違う国立国会図書館だからこそのコミュニケーションの可能性を広げるようなことを。

で、国立国会図書館で働く友人を介して長尾真館長とお会いして話す機会があったんです。長尾さんは音声認識、画像認識、パターン認識などの研究の第一人者で、電子図書館のシステムも早くから手がけられていて2007年から国立国会図書館の館長になられました。聡明かつ大変気さくな方で、とても楽しいお話をさせてもらいました。その時話した内容は今は言えないんですが、今後何か動き出すかもしれませんね。

米田:例えば、グーグルは全ての文書をデジタル化しようとしてますけど、長尾館長の方向性というのはどういうものですか?

李:長尾館長は国立国会図書館60周年を迎えるに当たって「長尾ビジョン」というものを公開されています。一般に向けての発表なので、システム等の話はありませんが、今はとにかく国立国会図書館を人々にどう利用してもらうか、そして、知への好奇心をどう呼びさますかという、コミュニケーションの実効性の部分を強く意識されているように見えます。微力ながら、僕らもコミュニケーションの可能性を全方位に広げようという長尾館長を応援したいと思っています。

●『動きが生命を作る』 池上高志著

米田:そもそも複雑系の研究者である池上高志さんとの出会いは?

李:僕は“ATAK(アタック)”というサウンド・レーベルにアートディレクターとして参加しているのですが、主宰の渋谷慶一郎君と池上さんが『第三項音楽』というアート&サイエンス・プロジェクトを始めたことが、池上さんと直接コミュニケーションをとるようになったきっかけです。

それ以前にも、カールステンから池上さんの話しを聞いていたり、『複雑系の進化的シナリオ』という池上さんと金子邦彦さんの共著を読んだりもしていて興味を持っていたんです。渋谷君とも「『複雑系の進化的シナリオ』の池上さんって面白いよね」って話していました。

実際、池上さんと話してみるとやっぱりすごく面白くて(笑)。そして、彼は研究者に多いこもり系じゃなくて、色んなところに出て行く方なんです。だからこそ、渋谷くんとも一緒にプロジェクトを始めたのでしょうが。

そんな池上さんの単著『動きが生命を作る』は、『複雑系の進化的シナリオ』以後の池上さんの思考の軌跡、力学系から人工生命やコミュニケーション、身体性そしてアートまで、正当な物理学からずいぶん逸脱しながら書かれています。(ものを)創る人間は絶対に読んだ方がいいと思いますね。

先にも話しましたが、この本で書かれている「いままさに発展する」時間構造としての時間を空間に導入するということが今の僕のテーマになっていて、ぜひ池上さんと建築・空間に取り組みたいと思っていました。

ロッテリア日本科学未来館店の店内

今回、日本科学未来館のロッテリアをデザインしたのですが、ここではサイエンスコミュニケーションのきっかけとなるいくつかのコンテンツを環境に埋め込みました。そこで池上さんにサイエンス監修としてこのプロジェクトに参加してもらっています。

例えば、ここのテーブルの模様は“ライフゲーム”(生命の誕生、進化、淘汰などのプロセスを再現したシミュレーションゲーム)のパターンです。アーティフィシャルなパターンに時間と共に変化する自然光による影のパターンが重なり合ってまた新しいパターンを生み出します。

それから、お店の木の壁の模様は、貝殻のパターンなんです。これは実際に江ノ島の貝の博物館に行って探してきた貝殻を見本にして、現場で職人さんに手描きで描いてもらいました。貝殻の不思議なパターンはスティーヴン・ウォルフラムによって大体4つに分類されています。

米田:最初にここに入った時、この壁の模様って何だろうって思ったんですよね。

李:人間が手で描くことでパターンにずれが起こるのがまた面白いでしょう? 「これって何だろう?」と思った人が池上さんの書いた解説を読んだり、スタッフに質問する事でコミュニケーションに繋がればなと。

それからよく見てみると気付くと思うのですが、ところどころ微妙に壁が光るんですよ。

米田:あ!(壁の一部が光る)今のは何ですか?

李:これはホタルの光をシミュレーションしたシステムなんです。アフリカとか東南アジアでは、木にとまった何万匹ものホタルがある瞬間突然同時に明滅するという現象が見られんです。指揮者がいるわけでもないのに見事な同期現象(シンクロ)が起こる。理由はまだはっきりしませんが、繁殖活動に関係しているのではと言われています。

ホタルの群れのシンク現象を表現。壁が明滅する。

このシナベニヤの壁の裏に50個のLEDが設置されていて、30分に1回同期するようにプログラムされています。ネオンのような派手な光ではなく自然のホタルのようにさりげない光で表現しました。

米田:なんだか、森の中に蛍がいるように見えますね。

李:そうですね。他にもこの壁には丸いのぞき穴があって、ここでは池上さんの編集した「油のしずく」「テイラー渦流」「ライフゲーム」の映像が流れています。

デザインにサイエンスの要素を取り入れると無理矢理なインタラクションとかアトラクション的な体験を強制するようなものになりがちですよね。それは全く面白くない。あくまでも体験は個々の能動性や動きによって多様にあるので、開けたコミュニケーションのきっかけをいかに環境の中に潜在的に創れるかだと思います。

僕はコミュニケーションに重要なのは、「知識の共有」よりも「好奇心の共有」だと思うんです。それがより開けたコミュニケーションに繋がる。だから、この日本科学未来館のロッテリアではサイエンスで子供や大人の好奇心を刺激するきっかけを創りたかった。

今回は様々な制限の中でのコラボレーションだったのですが、池上さんと本当にやりたいのは、さっきも言ったように「いままさに発展する」時間構造を建築・空間に取り込むことです。

それによってリサーチ、設計、デザイン、シミュレーション、施工、運営を分けることなくまさに「建築する」ということをやってみたい。池上さんのこの本を読んでますます思いが高まりましたね。

●「延長された表現型」

李:これは元々、『利己的な遺伝子』で知られているリチャード・ドーキンスの書いた本のタイトルです。例えば、ビーバーがダムを作りますよね。それはビーバーの身体を形成するのと同様遺伝子の働きである。身体の形成も道具を作る行動も自然淘汰を勝ち抜いた結果としてそこにある表現型である――とても大雑把ですが、これが「延長された表現型」というコンセプトです。人間が道具を作って使ってさらに改良して使う、というのも「延長された表現型」という観点から考えると、明らかにデザインは更新されます。

米田:道具だけじゃなくて環境でさえも適応のために変えていくという事ですね。

李:そうですね。この方向から考えても「身体-道具-環境」というものが切り離して考えられなくなる。先の生命の話に繋がります。だから、僕は実空間もネットワーク空間もプロダクトも映像も、全体であれ部分であれ、一貫したデザインとして取り組んでいるんです。

米田:携帯電話なんかもそう考えると面白いですね。

李:面白いですねえ。日本に限れば、数世代後には親指の形態が変わっていて、さらにそれに適した形態のケータイ(笑) が生み出されてまたそれが行動を決めていくような、そんな進化が起こっていくかもしれません。

●スーパー地球人

李:先ほどから本を読むのが好きだと言ってますが、日々これだけたくさんの本が出版されているということは、何か1冊の本を選ぶということは、他の何十、何百冊かそれ以上の本を読む可能性を失っているということでもあるんですよね。

本に限らず、何かを選択する時には可能性を広げるつもりで行なってはいますが、実は他のたくさんの選択可能性を失っていることになる。そして、人間は後者については気づきにくいものでもある。でも、(ドラゴンボールの)悟空たちのようにスーパーサイヤ人になって能力が劇的に上がれば、そして、それは戦闘力ではなく、例えば、認識力が飛躍的に上がったりしたらいいなあ、なんて思っているんです。

まあ、バカなこと言ってるなと思われるかもしれませんが、自分の可能性を格段に広げられるのなら、僕はサイボーグになることも厭わないですよ。そうポスト・ヒューマン。経済的な話は別にしてね(笑)。

むしろ自分の身体がどこまで拡張するのか興味があるし、今のままでは身体も時間も全く足りないという危機感は常にあります。考えたいこと、創りたいことはまだまだたくさんあるのに!ってね。単に欲望の塊ということかもしれないですけどね(笑)。

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生涯でやると決めている3つのプロジェクト


米田:そのほかには、ファッションショーのお仕事もやられてますね。

李:「yuge(ユージュ)」というブランドのデザイナー弓削(匠)さんから通常のファッションショー的ではないコレクション発表をやりたいという依頼がありました。コレクションのコンセプトが既に「Café Cociety」と決まっていたので、実際の恵比寿のカフェを舞台にモデルさんたちにはカフェ内で日常のコミュニケーションをやってもらいました。普通にコーヒーやシャンパンを飲みながら喋り、ノートPCやケータイでネットをやったり、みんなで楽しそうに写メをとったり……プレスをはじめ観客はそれをテラスから眺めていて、時々モデルさんがテラスに出てきては洋服のディティールも見せるという、ちょっと新しいショーにしました。

また、ショーの映像をリアルタイムでNODERA(.tv)というWEB上のライブ映像配信サービスにアップしたり、定点カメラによるドキュメンタリーを終了後間もなくYou Tubeにアップしたり、さらに、1ヶ月後に複数のカメラによる映像を素材にした完全編集のショートムービーとしても公開しています。

この流れを全部含めて、今回のyugeのコレクションです。ファッションショーという閉ざされた世界から解き放して新しいコミュニケーションの可能性を創りたかったんです。

米田:たくさんあるとは思うんですが、今後やってみたいことで言えることはあります?

李:実は僕がこの仕事を始めた時に、死ぬまでに人生で絶対やると決めているプロジェクトが3つあるんです。それは図書館、サッカースタジアム、学校! 勝手に自分で言っているだけですけど(笑)。

米田:面白いですね。サッカーファンの李さんが創るスタジアムって、一体どういったもの何でしょう?

李:サッカージャンキーによるサッカージャンキーのためのスタジアム(笑)。それは冗談ですけど、バリアフリーと“バリアアリー(有り)”が上手くミックスされたスタジアムを創りたいですね。熱烈サポーターの席は徹底的にホーム寄りの偏った設計。でも、緩衝機能はしっかりしていて、それもセキュリティ指向ではなく、ユーモアの視点でデザインをしますね。“バリアアリー(有り)”=偏りによってゲームを盛り上げさらに楽しくすることができると思うんですよ。

米田:ヤンキースタジアムもベーブ・ルースのホームランが出やすいように作ったって話とかありますよね。スタジアムってディテール見ているだけでも面白いし、そこには歴史も関係しているし。そういう極端な特徴がある会場って面白いかもしれない。

李:そう、バリアフリーはもちろん必要で大切なことではあるんだけど、無思考で一様に「バリアフリーって言っておけば安心」みたいな風潮は、創造性の放棄になるし、ある種の暴力性にも繋がる。そして、それは同時に面白さを失うことにもなります。だから、限定を前提にして、徹底的な不公平さみたいなものを創ることで面白さが生まれると思うんです。こういった考えから、僕は「ジャムホームメイド」の頃から“バリアアリー(有り)”と言い続けているんですよ(笑)。

米田:バリアアリーデザイナー(笑)。でも、均一化って、僕らの周りを凄く覆っているけど、退屈な方向にやっぱり行っちゃう事が多いですよね。安全なんだろうけど。

李:バリアフリーとかセキュリティに全体を覆われた社会って、決して安全とは言えないと思います。社会に予測不可能性がある限り、そこの安全性は最終的には誰も保証できない。ただそう言っておけば、関わる人々が責任を自分の外におけるという他責の安心のためのみに機能しているような気がするんですよね。社会としては、この流れは進んでいくんだとは思いますけど。

動的環境においては、バリアが有ることで意識を促し安全性をもたらすという場面もたくさんありますし、逆にバリアフリーによって意識を持たなくなって安全性がゆらぐという場面もあります。

米田:便利になりすぎてる世の中だからこそ、不便だったりプロセスを経ないと辿り着けない面白さってありますよね。

李:1つの動きが加わることで、知覚、認識、コミュニケーションに繋がりやすくなるということは大いにありますね。

米田:図書館はすでに作り始めてますよね。このロッテリアにもライブラリがあるし、「d-labo」もそうだし。

李:はい。あちこちに創っているライブラリをネットワークや(身体性を伴う)イベントで繋いでいって、ゆるやかなハイパーライブラリにしようと考えています。ちょうど僕の自宅の本棚と本屋や図書館の本棚が繋がるのと同じように。それとは別に公共の図書館もぜひやってみたいですね。

米田:次は学校。教育はずっとやりたいと言ってますよね。どんな学校を?

YCAM(山口情報芸術センター)の「BIT THINGS」 photo by matt

李:以前、山口のYCAM(山口情報芸術センター)に「BIT THINGS」という複合スペースを創ったのですが、その時の子供達のそこ場での遊び方を見て子供の学習能力に改めて驚嘆したことがあります。

何度も言いましたけれど、「いままさに発展する」時間構造としての空間作りという意味では、子供のための環境はもしかしたら進めやすいのかもしれません。体験プロセスがむき出しで現れてきますからね。目的の定まった空間ではなく、あくまでも――プロセスを起こし動かし続けるシステムとしての空間――そういう観点で学校を創りたいです。

米田:教育をやれば、どこでもその場は学校かもしれませんね。

李:そうですね。図書館、スタジアム、学校の3つは特に今日お話ししたような新しい創作方法でぜひ取り組みたいですね。

3

複数の視点を用いた建築


李:それから、もう1つやりたいことがあるのですが……批評家の東浩紀さんと作家の桜坂洋さんが『ギートステイト』というプロジェクトをやられてたんです。

渋谷グランベルホテル photo by Takayuki Muto

(批評家・東浩紀氏が未来構想を担当し小説家・桜坂洋氏がその構想を物語としてアウトプットする未来学エンターテインメント。講談社[モウラ]のサイトでは東氏の世界観テキスト、桜坂氏による物語が公開されており、それらはキーワードのタグで管理されており、時間や登場人物、場所などでテキスト群をソートし、世界を別な角度から再構築する事が可能)

僕は単純にこれを優れたコンテンツとして楽しんだんですけど、同時に非常に可能性を感じたんですよ。この方法で建築・空間を創りたいと。東さんとも一度そういう話をしたまものの、未だプロジェクトの機会がなく進んではいないんですけどね……。

マーケティングレベルではなく、未来学から創造される未来予測による建築・空間。この手法で、一個人の中でもキャラクターや人間関係のネットワークが組み替え可能なギートマンション=ゲームのような建築とか創ったら絶対に完売だと思うんですよね。

だから、デベロッパーのみなさん、今のトレンドでしかないイメージ上の未来ではなく本気の未来学による4,50年後を考えたマンション創りましょうよ!(笑)。別にこの方法はマンションに限りませんけど。
でも、やりたいことの話を続けていたらキリがないんで、そろそろ終わりにしましょうか(笑)。

米田:話は尽きなさそうですね。気付いたら3時間以上も話してる(笑)。スタジアム、図書館、学校はホント期待していますよ! またお話を聞ける日を楽しみにしています。

兵庫県生まれ、島根県育ち。スペース(空間)デザイナー。デザインチームmattのキャプテン。外苑前「Office」や代官山「Sign」、秋葉原の秘密基地兼住宅「Akiba 1LDK + 檜風呂」、渋谷の「グランベルホテル」などの空間デザインを手がける。2007年には、東京ミッドタウン内にオープンしたスルガ銀行によるユニークなコミュニケーションスペース「d-labo by SURUGA BANK」のディレクション&デザインを担当。

リンク:matt

インタビュー:米田知彦(TS副編集長)
写真:NOJYO
日時:08/4/24
場所:東京・お台場・ロッテリア 日本科学未来館店

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